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ドラゴン・こぼればなし

  平成23年(2011年) 57歳    平成24年(2012年)  58歳   平成25年(2013年) 59歳    
  
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     藤波さんデビュー40周年シリーズ。他団体にも積極的に出場。まさに、人生を楽しんでいるよなあ。 伽織さんとともにね。
     そんな元気な藤波さんを追いかけました。(お城マニアの側面がクローズアップされて、ますます元気な藤波さんです)

     名言
     「僕は、今でも、猪木さんのファンなんです。みなさんも、そうでしょう?」  

     楽しい話題が多くて、こうして作成していても、なんか、嬉しくなります。 平成19年以降は、「ドラゴン・こぼればなし」となって、
     編者の「めもめも」になっています。             ※編者=ラバーソウルみなみ/ゲンナジ・ミナーエフ/cacao86

  


cacao86
●平成23年(2011年)
  57歳

cacao86 記
藤波さんは今年、デビュー40周年を迎えた。
ひとくちに40周年というが、その間は、さまざまなことがあった。

ちなみに「40周年」をむかえたものを調べてみると

・「仮面ライダー」40周年
・「トミカ」40周年
・「カップヌードル」40周年
・「マクドナルド」40周年
・郷ひろみ・デビュー40周年
・東ハト「キャラメルコーン」40周年
・「スターバックス」創業40周年
・「新婚さん、いらっしゃい!」40周年
・「ルパン三世」アニメ化40周年
・ロイヤルホスト40周年
・イルカ デビュー40周年

と、「え?」と思うものもあって、感じ方は色々でしょうが
とにかく(強引)藤波さんが40周年なんです。

藤波少年が、中学を卒業して、「押しかけ入門(by 藤波)した
のは、1970年。
はい、あの大阪での日本万国博で日本中が浮かれていたころ。
16歳の春のことでした。

その時のプロレス団体は?

はい、当然、「新日本プロレス」!

ではなく、「日本プロレス」でした。

プロレスの父といわれる、力道山が作った団体。

馬場も猪木も、ここにいたのですね。

どうやって入門を果たすのでしょう?

入社試験? いえいえ。

選手募集? そうでもないのです。

実は、「入門」をしにいったのです。

「たのも〜う」といって押しかけた・・・。

そんな人はいません。


cacao86
 。 1月 8日  藤波は、ラジオの文化放送で「団塊倶楽部」にゲスト出演。少年時代からのおいたちや、師匠、猪木への想い、さらに
           その猪木との闘いの思い出などを次々と語り、スタジオでスタッフに飛龍裸絞めを披露。 もちろん2日後迫った長州戦も
           宣伝した。
          
           この中で、藤波自身により、ブラッシー戦について語られた部分を紹介。

               藤波 「喜んで言っていいのかわかりませんけど、
                     力道山時代のフレッド・ブラッシーが引退する前に
                     戦ってたんです。噛み付かれました
                     額を噛まれてロープに逃げましたけど、
                     力道山先生と戦ったブラッシーと対戦してると思うと…」
 
               弘兼 「自慢になるわけですね」

           藤波がブラッシーと闘っている記録は残されていないため、非常に貴重な話です。 番組のホームページにリンク
     
           なお、番組での「藤波さんの好きなことば」より
           藤波辰爾さんの好きな言葉
 
             『一期一会』
 
            
 
           藤波 : 以前は『努力』とか『ネバー・ギブアップ』とか、好きな言葉を(色紙に)入れていたんですけど、
                 14,5年前から この言葉を書き始めました。
                 とにかく いろんな人に会いますし、いろんなところで、いろんなものに対して、
                 その時その時を大事にしていきたいな、と ものすごい思いますね。
 
                        
                                                                     

 ・ 1月10日  後楽園ホールで、藤波は長州と一騎打ち。実に13年5ヵ月ぶりのシングルマッチ。
           9分29秒エビ固めで勝利した。
           会場は超満員の観客で膨れ上がり、まるで80年代にタイムスリップしたかのよう。
           一般ニュースにも取り上げられた。
           なお、この日のチケットは、「全席完売、立見完売、招待枚数ゼロ」と、前代未聞の凄い
           興行であったという。 「ドラディション」のページへリンク
          
           注)この試合以降も「ドラデション」のホームページには試合結果だけでなく、詳細な情報が
             掲載されています。したがって、この「めもめも」大年表には重複させません。
             藤波さんの最新情報は、「ドラデション」をはじめ、多くのサイトで入手できます。


 ・ 2月 5日   福岡ドームでのIGF大会で、藤波は、「デビュー40周年記念試合」として、ミル・マスカラスと対戦。
           国内では初の対戦となった。マスカラスは「スカイハイ」でさっそうと登場し、試合ではトップロープから
           のフライングボディーアタックを見せた。あっというまに10分時間切れ引き分けになった。
           
           マスカラスは「短すぎる」。
           藤波は「次は、決着のつく時間で夢のタッグマッチを」と提案、仮面貴族も快諾した。

 ・ 2月18日   代々木で、リアルジャパンプロのチャリティーイベント「プロレス・ジャパン・エイド2011」が
           開催され、藤波は、長州・初代タイガーとのトリオで登場した。障害者や児童養護の施設から
           募集した観客を前に、チャリティーオークションも開かれ、参加者全員が「タイガーマスク」
           というコンセプトであった。(ここでの「タイガーマスク」は、当時、世間で、名のらずに無償で
           ランドセルなどを施設に送るなど、善意の社会現象話題になっていた象徴のこと。他に
           「伊達直人」という名や何故か「ルパン3世」もいた。匿名での贈り物ということで、善意の表れで
            あるとともに、相手の本当に必要なものなのか、という問題も提起された。
            「伊達直人さんから、善意のランドセルが贈られました」というニュースの直後に
            「ランドセルは、選びたい!」というコマーシャルが流され、びっくり)





 ・ 3月21日   藤波は沖縄の「沖縄プロレス」に登場。めんそ〜れ親父、ミル・マングースと組み、怪人ハブ男、
           シーサー王、グルグンダイバー組と対戦。最後は、怪人ハブ男が、猛毒波布空爆(スペル・デメキン
           時代からみせているダイビング・ボディ・プレス)で、ミル・マングースをフォール。


                      めんそ〜れ親父選手と「おやじポーズ」


 ・ 4月16日  藤波は、川崎市の川崎大師公園で、地域活性化のイベントに参加。
           メインステージで、藤波は、芸能界で活躍するデヴィ夫人と、トークショーを行った。
           会場では、大道芸、バンド演奏、チアリーディングなど、さまざまなパフォーマンスが繰り広げ
           られ、3月11日の東北大震災への募金活動も行われた。
           
 ・ 4月26日  初代タイガーマスク(佐山サトル)が総監となる掣圏真陰流「神楽坂スタジオ」の設立披露会に
          藤波が出席した。大相撲の高見盛ら関係者も集まり、27日のオープンをお祝いした。


 ・ 4月28日  IGF主催の東京ドームシティ大会で、藤波は、ビッグバン・ベイダーと対戦。これは、藤波のデビュー
          40周年の記念試合であった。ベイダーとの対戦は19年ぶりで、藤波は腕ひしぎ逆十字固めなどで
          攻め、場外乱闘も。約50キロの体格差をものともせず奮闘し、ラリアートや関節技で追い込んだが、
          決定打は奪えず。最後もブレーンバスターの体勢となったが、残念ながら巨体を持ち上げられずに
          時間切れのゴングがなった。

           藤波「久々だったけど、なんせベイダーは重かった! うん、昔を思い出したよ」 


 ・ 4月29日  調布市のチャリティーイベント「ちょうふ・絆・ぬくもり」に参加し、藤波はサイン握手会を開催。
           いろいろなイベントが行われ、原発事故での風評被害に見舞われた福島県産野菜の直売会も。
           売上金の一部は、義援金として被災地に送られた。

 ・ 5月 7日  「レジェンド」大会が大阪府立体育会館第二で行われ、藤波は長州と一騎打ち。ドラゴンスク
          リューや足4の字固めを決めた。長州の雪崩式脳天砕きでは、決まったあと両者共大の字に。
          長州が2発目のラりアートに来るところ、藤波が右腕をキャッチして、逆さ押さえ込みで逆転勝ち。
          

 ・ 5月14日  福岡県の久留米市で、ふるさとイベントに参加。藤原喜明とともに熟達したプロレスを披露。
           会場の久留米六角堂広場では、子ども連れやカップルなど、600人余りが、間近で見るダイナ
           ミックな技に歓声を上げた。

 ・ 5月29日  長野市で北部地震の被災者を励ます「復興支援イベント」に参加。「信州プロレス」主催で、
           藤波、長州、初代タイガーマスクがタッグを組み、メインで、グレート無茶やアブドーラ小林と
           対戦し、飛龍裸絞めで藤波が勝利。観衆は4600人。

 ・ 6月 2日  テレビ番組「有吉AKB共和国」で、藤波が出演した回が放映された。
           タイトルは「もしAKB研究生にドラゴン藤波がいたら」
            AKBの研究生として、藤波本人が、女の子を相手に、踊りやコントを繰り広げた。かませ犬や
           飛龍革命の場面では、実際に髪の毛を切る仕草まで演じた。さらに、「マッチョドラゴン」や「ドラゴン
           たいそう」を当時の映像と合わせて作成したものもあって、新鮮なおどろきがあった。

           

           それにしても、天下の藤波さんが、あそこまでよく、やってくれたなあ、と
           「恩讐を越えて」というか、「もう、いいじゃないか」というか、器量の大きさを見せてくださっているんで、
           私も、すこしは見習いたいと、気持ちを切り替えて、このファンページを作っていきたいと思っています。



 ・ 6月23日  ドラデション、新宿フェイス大会。藤波デビュー40周年記念第1弾は、木村健吾が登場。
           リング上で、熱きプロレス談義を繰り広げた。メインではDDTの高木三四郎と一騎打ち。
           「ドラゴンリングイン」という大会名そのままの興味ある対戦となったが、最後は、飛龍裸絞め
           で切って落とした。

 ・ 9月 8日  TBSラジオ番組「小島慶子のキラキラ」のコーナーで、藤波さんへのインタビューについて吉田が
          語った。これまでの藤波の戦歴の紹介のあと、最近のことについて、藤波さんのことばとして、
           「うちでは、DVはあり得ない!」
           「猪木さんから教えてもらった言葉は「時間を無駄にするな」」
           「西村については考えることが時間の無駄。何も思っていない!と怒っていた」と
          インタビューの内容を紹介。

           また「今年からお米を作っているんです。プロレス会場で、ラー油と一緒に販売
          したい。と、(吉田、これは猪木さんにはわからない考えでしょうね)」とも。そして、最近の話題として
          「デバチカにドラゴンが!が実現して、しかも夫婦で。わがやのラー油を、新宿小田急でも売るそうです」と。
          (雑誌「ブブカ」のためのインタビューでした。) (※編者はこの吉田某をもともと好きでないので雑誌も
          買いませんが、藤波さんのインタビューということでインタビュー関連だけを一度だけ聞きました。で、
          どうして頭にくるのか、を考えましたが、それ以前の感情的な部分が大きく、以下自粛します。すみません)


 ・ 9月15日  ドラデション・新宿フェイス大会。藤波デビュー40周年記念第2弾。この日は、前田日明が
           登場。リング上で、マル秘トークバトルが繰り広げられた。 リンク「カクトウログ」
           藤波はメインで、大日本プロレスのホープ石川晋也と対戦。貫録勝ち。

 ・ 9月23日  レジェンド・名古屋大会で、3度目の藤波・長州の一騎打ち。ついに長州が勝つ。
           初代タイガーマスクと小林邦明の試合も行われ、おおいに盛り上がるも、小林のはなった
           プランチャーがロープにかかり危険な状態に。

 ・ 9月26日  この日、藤波家のお米が出来上がった。(かおりさんのブログより)
           新潟県南魚沼郡の田んぼで。
           

         藤波家のお米(リンク)


 ・ 9月30日   レジェンド・札幌大会で、4度目の藤波・長州の一騎打ち。藤波が押さえ込んで勝利。

 ・


 ・10月13日  ドラデション、福岡・豊前大会。藤波は長州・初代タイガーと組み、ヒロ斎藤・AKIRA・ゼウス組と
           対戦。ヒロ斎藤を相手に、ドラゴンスクリュー3連発からの足4の字固めで快勝。

 ・10月14日  ドラデション、愛媛・今治大会。藤波はウルティモとタッグを組み、ヒロ斎藤・AKIRA組と対戦。
           興奮したAKIRAの覆面はがし攻撃で反則勝ちをひろう。珍しい決まり手であった。

 ・10月21日  新潟市の古町・地下にある「よろっと・ローサ」に藤波が乱入。お笑い集団「NAMARA」の
           脳性マヒブラザーズ・トークライブショウに立ち寄り、楽しく11月11日の興行の宣伝をした。

 ・10月30日  ドラデション、佐渡・相川大会。藤波は、長州・初代タイガーマスクと組み、長井・ヒロ斎藤・ベアー
           福田組を破る。藤波の元付き人の小杉俊二氏が今年も来場。大震災の復興チャリティー大会として
           開催され1200人の観客を町民体育館に集めた。

 ・11月 2日  テレビ番組「おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR,NO LIFE!」(BS日テレ)が放映された。この回の
           ゲストが藤波で、アメ車の魅力など、思い出話も含めながら、お城の話も含めて展開された。
           藤波のアメリカ修業時代からの愛車遍歴も披露された。

                番組で紹介された藤波の愛車遍歴
                    1976年 23歳 シボレー・インパラ
                    1977年 24歳 シボレー・モンテカル
                    
1978年 25歳 シボレー・カマロ Z28(2代目)
                    1982年 29歳 シボレー・カマロ(3代目)
                    1986年 33歳 メルセデス・ベンツ 300SE
                    1996年 43歳 メルセデス・ベンツ S320
                    2000年 47歳 メルセデス・ベンツ S500 ロング
                    2007年 54歳 メルセデス・ベンツ E350 ステーションワゴン

 ・11月 8日  夜のTBSラジオ「トップ5」に出演。藤波はコンバットRECと共演し、自分の「お城ベスト5」を発表。
           「ドラデションの興行もお城のある町を中心に選んでいる」という秘密を暴露した。また、「藤波城」
           の建築見積りを、大阪の工務店に取った際、出てきた金額が「100億円!」で、これには藤波も
           びっくり。実は、大阪城の見積りだったとか。リンク
           さらに、入門のころのこと、また、猪木との思い出や、自身の試合を中心に、ドラデションの告知まで
           約50分の貴重なトークであった。

           この中で「もっとも大切な試合」として横浜での猪木戦フルタイムにふれ、藤波自身も熱く語った。
           ファンの「飛龍革命は、成功でしたね。猪木さんがあれから引っ込みましたから」という発言に、
           藤波は「はじめて、そういうのを聞きました。そういっていただけると」と謙虚ながら、嬉しそうであった。
           「GO!GO!ドラゴン」や「ロックミードラゴン」を聴きながら、「一所懸命やったんですけどねえ」と。
           マニアックなファンが直接聴いてゆくので、ファンにとっては至福の時であった。藤波の猪木に対する
           想いがいかに重いかがよく理解できる。そして、これから、どれもが「名言」です!

           ●「僕は、プロレスが好きなんで、相手の技を受けるんです。最近のレスラーは相手の技を受けませんねえ」

          ●「猪木さんには、いい経験をさせてもらいました」(アフリカでおいていかれたことに触れて)

          ●「僕は、猪木さんのファンなんですね」(しみじみと)「みなさんも、そうでしょう!?

          ●「家内がよろこびます!」(藤波家のラー油の販売を告知してもらって)



 ・11月11日  ドラデション・新潟大会。メインでは、藤波・長州・初代タイガーがトリオで登場。長井・ヒロ斎藤・
           ベアー福田組を圧倒した。新潟市東区のバイパス竹尾インター近くにある東総合スポーツセン
           ターでの興行は初めて。リンク「かとうのブログ」 試合前の売店での藤波さんの写真があります。

           この日は、どうしても変更できない仕事があって、残念ながら、会場に行けませんでした。レジェンドトリオの
           登場に、おおいに沸いた大会だったようです。行きてかったぜ〜(泣)


 ・12月10日  ドラデション、大阪大会。藤波はゼウスと対戦して勝利。


 ・12月13日  ドラデション・新宿フェイス大会「ドリーム・インパクト8」が開催された。藤波はAKIRAとシングル
           初対戦し、サソリ固めで勝利。橋本大地とのトーク、ドラゴン・コシティ・パフォーマンスなど、試合
           以外のイベントも盛りだくさんであった。
           

 ・12月年末  新宿の物産展で「藤波家の食卓」のグッズを販売。夫婦で取材も受けた。(25日まで)
           「じゃこ ラー油」や「するめみそ」のほか、今年初収穫の「南魚沼産・藤波家のお米」も販売。
           (これは、藤波家が、新潟県南魚沼の田んぼを借りて、実際に作業をしたお米です)

           

                    「藤波家のお米」と、カレンダーにパンフレット


       


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●平成24年(2012年) 58歳

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 ・2月7日   藤波は、下関市から「巌流島観光大使」に委嘱された。
          理由として「藤波さんにとって、下関が「プロレス人生のスタート地点」ということと、「今年5月5日に行わ
          れる巌流島十番勝負のメインイベントにも出場予定で、決闘の聖地・巌流島を全国にPRしてもらいたい」
          とあった。
          下関市役所のホームページより


 ・ 2月10日  この日、アスキー新書「名勝負数え唄 俺たちの昭和プロレス」がアスキーメディアワークスから発刊された。
          藤波と長州の名勝負数え唄時代に焦点を当て、二人の軌跡を、対談とそれぞれの独白を通して描いたもの。
          ファンにとっては目新しいことはそれほどなかったが、「二人の闘いの歴史に、ご自身の人生を重ね合わせて
          いただければ幸いです」というコンセプトがあった。この書の中でも「藤波の猪木への称賛に比べて、長州が
          批判的で、馬場を絶賛してたり、2歳年上の長州が、藤波さんと呼ぶところから、入門順に先輩後輩となるこ
          と」など、細かい点にも興味持てた。

          

 ・ 2月19日  「スマッシュ」の後楽園大会に出場。サムライと組んでAKIRA・大矢組と対戦。ワールドプロレスリングの
           テーマで登場し、田中リングアナのコール。これで会場の雰囲気が一気に「あのときの新日本プロレス」に
          、というAKIRAプロデュースの試合であった。
           試合はAKIRAが、ムササビからサムライをフォール。

           藤波は「原点はあそこ(新日本)にあるわけだけからね。どこのリングに上がろうと。プライドを持って上がっ
                てますからね。まあ、新日本も40周年でしょ? やはり、プロレス界は新日本に元気になってもらわ
                ないと。」


 ・ 3月 8日  藤波夫妻の出演したテレビ東京の番組「大人の極上ゆるり旅」が放送された。「関東の奥座敷・鬼怒川温泉」を
           めぐる旅で、東武鉄道スペーシアから降りて、蒸かしたての温泉まんじゅうをいただいたり、市営の立ち寄り湯で
           露天風呂を満喫したり、と、夫婦水入らずの時間を過ごす。ゆったりしますね。  



 ・ 4月20日 ドラデション・後楽園大会を開催。藤波デビュー40周年
       
記念ロードの最後を飾る興行。

          藤波は、長州、初代タイガーと「レジェンドトリオ」を結成、対戦相手に蝶野が登場し、ヒロ斎藤、AKIRAと
          「復活チーム2000」を結成。そして、なんと前田日明がリングで藤波をコール。

          試合後には、アントニオ猪木まで登場して、藤波の40周年をお祝いした。

       
          ドラディションホームページより(リンクでとびます)
          まさに奇跡の勢揃い(クリックで、拡大 ドラデションのホームへとびます)

          「今日だけの、特別な記念写真(ベストショット)を」(藤波)
          
          1500人の超満員札止め。もちろん、記念グッズも早々に売り切れたという盛況ぶりであった。
          前田、長州、佐山らの「おめでとう」メッセージに、満面笑顔で応える藤波。蝶野がマイクを持った時に、
          あのリズムが・・・
          ボンバイエ、猪木、ボンバイエ・・・♪
          
          猪木「元気ですかっ! おめでとう。 え〜、北朝鮮に23回めに、戦後勇気と希望と、師匠の力道山が
              で(ききとれず・・・・・・) というわけでね、話すことが、あまりうまくないんで。(笑)」
     
           今日だけの記念写真を。
    
          ケロアナウンサーと藤波にうながされて、「それでは、唱和ねがいます。いくぞ〜っ、1、2,3、あ、だーっ!」 
          全員の本当にうれしい「ダ〜」で締めくくり。猪木と藤波はもちろんのこと、猪木と長州が、猪木と前田が、
          笑顔で握手しています。

          「ダ〜」の時には前田と佐山が肩を組み、みんなで並んでやっているんです。
          藤波さんがリング上でこんなに無防備での笑顔を見せるのも珍しいくらい。

           恩讐を越えて
           かつての新日本プロレスのメンバーが。
           奇跡の5分間


          猪木「今日は、よかったね。晴れ舞台にたてるのは。。藤波も。ねえ」(エレベーターでの追っかけ取材)
          藤波「父親に対して、どうやったら恩返しができるかと。猪木さんにも、どう恩返しを、と」


          このあと、「猪木さんの絞めで終わっていいんですか? 藤波さんのコールをしましょう」という感じでケロアナが
          藤波に語り掛けて
          さあ、締めの「藤波コール」の予定が。。。


          「僕に時間をください!」と、長男の玲於南君が突然マイクを持ち「プロレスラーになりたい」と直訴。
           未来へつなぐ怜於南君のアピール。

          怜於南君がマイクを持って話し出した瞬間 「ん、なんだ?どうした?」とリアルに驚く藤波さんの顔。そして、
          急に厳しい顔に変貌して、
          もちろん、会場もサプライズ。だが、すぐ歓声と、「怜於南コール」まで出て、さらに盛り上がるも、マイクを持っ
          た藤波は、
          「気持ちはわかるが、保留」と、これまた、いかにも藤波さんらしい真摯な返答。
          う〜ん、ここには、父親の顔があった。
          伽織夫人は「今夜は、家族会議です」と言って、会場を後にしたという。

          のちの藤波の話「まさかあのような場で、プロレス入りの意思表示をするとは思ってもいませんでした。ですから
                     僕も、ちゃんとした受け答えができなくて、「保留だ」みたいな、なにか中途半端な言い方をして
                     しまって、ファンの方にとっては拍子抜けだったでしょうね(笑)。
                     ほんと頭の中が真っ白になりましたから


          40周年記念を、懐かしさあふれる一つのゴール地点としたことは誰でも感じていたが、それに、次代の将来へ
          つなぐ、大切な「通過点」としての意味を加えた怜於南君のアピールだった。



 ・ 5月 5日  巌流島で「レジェンドプロレス」の開催。
           藤波はヒロ斎藤と組み、長州・大谷組とメインで対戦。長州のサソリ固めでヒロが敗れる。
           25年前に巌流島対決をぶちあげてから、ようやく実施できた。


 ・ 5月12日  IGF道場で、若手の鈴木に特別訓練。ドラゴン殺法(飛龍殺法)を伝授とうたわれた。
             「彼には見栄えだけじゃなくて、流れに乗せるレスリングをやっていってもらいたいよね。足を取ってしっかり投げるとか、
              相手を攻める流れをしっかり作ったうえで、さっき教えたサイド・スープレックスだとか出して、・・フィニッシュにつなげて
              もらいたい」


 ・ 5月16日  藤波のジュニアヘビー級の時代の試合が収録された「DVD−BOX」がポニーキャニオンから発売された。

                

           ジュニア時代の名勝負を見ながら、藤波さんが流智美さんと解説してゆくというもので、秀逸。肝心な試合もダイジェスト
           ばかりではなく、ノーカットの試合も多数。

           編者は、これまで流さんをよく知らなかったが、高齢の解説者が次々と他界する中、遅れて出てきた・貴重な解説者と思う。
           (ルーテーズのマネージャーなどの実績もあるが、プロレス史については、「根拠が薄い中でも、事項を断定してしまう傾向
           がある人」と聴いていました(失礼)、、、)
           このDVD・BOXでは、藤波さんとのお話が大変滑らかで、聴きやすく、共に、楽しいひと時がすごせるすばらしいDVD4枚組です。
           
           なお、映像の一部は、視聴者のビデオから起こしたものと思われ、不鮮明なところもあり(CSなどの放送で、より鮮明な
           画像もあるのに)残念だが、連続して藤波さんの若さあふれる・スピード感いっぱいの試合を見ることができ、これは、
           本当にお薦め!
            ・ 「デビュー40周年記念DVD−BOX 藤波辰爾 甦るマッチョドラゴン伝説」  ビデオパック日本  21000円(税込み)



 ・ 5月18日  藤波夫妻が六本木の店で猪木と遭遇。一緒に盛り上がったという。この時、伽織夫人が猪木にお願いして
           猪木・藤波のツーショット写真が撮れたという。(藤波伽織のキッチンは伽織に聞け・ブログより)

           「今でも猪木さんの大ファンでもある藤波の気持ちを察して猪木さんとのツーショットをお願いしてみました。」と
           あります。
            クリックで「藤波伽織のキッチンは伽織に聞け」に飛び拡大

 ・ 6月24日  TAJIRIのWBC・石和大会で藤波はレザーフェイスと初対決
           ドラゴンスープレックスのテーマで、さっそうと登場。ところが、「ぐえ〜〜んぐえんぐえん」と
           いきなり響き渡るチェーンソーの音。観客とともに顔面蒼白に。
           レフェリーに「なんだ、あれは?」

           試合開始とともに、突進してくるレザーフェイスを右に左にかわして、ドラゴンスクリューを見せ、すぐ、場外乱闘へ。
           藤波が鉄柱にぶつけられる。椅子を持って暴れるレザーフェイスに、藤波も観客のジュース缶で殴りつけるなど、一気に
           ヒートアップ。最後はコーナーに上がったフェイスをデッドリードライブでたたきつけ、一気に、強烈なあばら折りで
           料理した。
           コブラが決まった瞬間ギブアップ。おもむろにチェーンソウにスイッチを入れて、観客を蹴散らすレザーフェイス。
           小さな子供を必死にかばうお父さんの姿も。

                 

            

           この試合がメインエベントだったので、藤波は締めの挨拶でマイクを持つと、
           「ああー、まいった。ええっと(笑)・・・、40年間プロレスをやってきて・・・、これは、はじめてのことだよ!
            あんな外人をぶつけてくるとは・・、タジリくん、このやろ〜」

           そして、「みんなでやりましょう」と、締めの前に、選手を全員リングにあげ、 
           「僕の師匠の猪木さんのやつですけど、1・2・3・ダ〜!で締めたいと思います」
           ドラゴンコールの中、握手を求めてくるレスラーや観客と握手しながら、退場した。
            この「ダーッ」をやる前に「僕の師匠の猪木さん」とわざわざ加えるところが、いかにも藤波さんらしいですね。
            みんな知ってるって(笑)

           東スポでは「藤波、殺人鬼制裁」と見出しがつけられ、「今世紀最大の異次元マッチ」とも。 
           試合後の藤波は、
           「今日は、汗じゃなくて、冷や汗をかいた。あれをふりかざされると、引いちゃう。あれで攪乱されてたら、どうなってたか・・・」
           と正直なコメント。おそらく藤波さんは、レザーフェイスの怪奇性(というか、キャラクター)を知らなかったのでは?
             
           ※インディーの闘いで観客を逃げ惑わせていた、あのレザーフェイスと、ドラゴンがまさか、あいまみえるとは・・。
                  リンク youtube


 ・ 6月29日  朝の日本テレビ「ZIP」のコーナー「おはようガッチャマン」(昔のガッチャマンのアニメで、最近のゆるキャラ風にリメイク)
           で「藤波・長州名勝負数え歌」のネタがでてきて、びっくり。音声こちら
           最後に唐突に「藤波の息使い」 プロレスのネタとして、やっぱり人口に膾炙(かいしゃ)しているわけですね。

 ・ 7月14日  北海道の「北都プロレス」岩見沢市に出場。新日時代の付き人、大矢とタッグで対戦。飛龍裸絞めで勝つ。この後の
           バトルロイヤルには、出場せず。大矢が理由を聞くと、「試合中、足にくるからなあぁ、一人でバトルロイヤルしてたよ」と
           笑っていたとのこと。「やっぱり新日本プロレス出身は違います」(大矢)

 ・ 7月18日  この日藤波は、ニッポン放送の「高田文夫のラジオ・ボバリーヒルズ」に出演。春風亭昇太らを相手に軽快なトークを
           とばした。カール・ゴッチの下での修行話から、息子さんのプロレスラーになりたい!という直談判の話まで、たっぷりと
           話した。そして、「藤波さんのマジで痛かった事ベスト3」で、
           ●一番痛かったベストスリーは
           第3位 ヘルニア     第2位  アンドレに手を踏まれたこと    第1位は  ガラスで指を切った
           (どうみても、ヘルニアやアンドレに踏まれた方が痛そうですが)
            


 ・ 7月20日  藤波デビュー40周年記念パーティが都内港区八芳園で行われた。
           新日本の坂口相談役、長州、佐山、蝶野や、ヒロ斎藤ら、レスラー仲間を入れて500人が祝福に駆けつけた。
           
           プロレスファンの野田佳彦首相(55)からは、直筆メッセージが寄せられ、

           「藤波さんとジャンボ 、マスカラスの合体ドロップキックがあったら、私も難局を乗り越えられるはず」

            これは、79年のプロレスオールスター戦での3人のドロップキックを意味したもので
            かなりマニアックなメッセージである。

            藤波は新たに「日本88城巡拝プロジェクト」を発表し、「ライフワークの城巡りを社会貢献に役立て
            現在修復中の姫路城 で、プロレスの試合をやりたい」とぶちあげた。

            ※4月20日の後楽園と、この日のパーティーの様子をうかがうと、「旧・無我」の時に、あるボランティア
             (当時は、まだサポーターという呼称は一般的でなかった)が言った、次のことばを思い出します。
              「藤波さんでなければ、こんなに(いろいろな人が)集まりませんよ!」

            

 ・ 7月31日  開催中のロンドンオリンピックで、柔道の中矢力が銀メダルを獲得。中矢選手は、母親が藤波
          のファンで、辰巳と名付ける予定だったが、藤波が長州にタイトルマッチで敗れたことから、力と
          なったというエピソードを持つ。もし、藤波が勝っていたら、中矢辰巳だったかもしれない。
           (このエピソードは、別の説もあるようですが、面白いのでとりあげました)

 ・ 8月18日  藤波はDDTの日本武道館大会に出場し、MIKANIと組んでKUDOと大石のタッグタイトルに挑戦。
          これを下し、第45代KO−Dタッグ選手権保持者となる。なんと「チャンピオン」です!


 ・ 8月26日  ドラディション・大阪大会。藤波デビュー40周年記念の大阪大会。
          この日のメインで、前田日明がリングに上がり、藤波をコール。藤波・長州・初代タイガーマスク
          のレジェンドトリオと、復活したT2000(蝶野・ヒロ斉藤・AKIRA)が、再度激突し激闘を繰り広げた。


 ・ 9月16日  DDT・大阪大会で、KO−Dタッグ選手権試合。ウラノ、本多組と対戦し、飛龍裸絞めで勝利し、タイトル
          初防衛。試合の途中でラダーも使ったことには「お客さんがよろこんでくれるなら、使わない手はない」と、
          こだわりはないようで、ラダーにのぼって、ニードロップを決めた。

          試合後の選手たちの「飛龍革命」のコントには、全部見た後で、「いいかげんにしろ!」
           なお、「次の札幌大会には、ワカマツを出す。謎のマスクマンもな!」と挑発されると
           藤波は「平田じゃないだろうな」  りんく


 ・10月 8日  DDT・札幌大会で、藤波はKO−Dタッグ選手権をかけ、高木三四郎、サッポロマシン組と対戦。懐かしの
          マネージャー・ワカマツにもめげず、藤波が飛龍裸絞めでサッポロマシンに勝ち、タイトル2度目の防衛。

           ワカマツの挑発と、サッポロマシンが2人に増殖して攻撃したり、藤波が高木と同時に「ドラゴン・リングイン」を
          見せるなど、ワカマツの「宇宙パワー」マスクも登場に、おおいに楽しい試合だったようです。 

           藤波「まさか、札幌の地にワカマツがいるとは。昔を思い出して、調子があがるね。あの「宇宙仮面?
            (宇宙パワーです) 宇宙パワーって何なの?」

           藤波さんは、ストロングマシン時代は詳しいが(あたりまえ)、宇宙パワー時代のワカマツは知らないようです。
         

 ・11月 5日  この日スポーツ紙に「藤波が、阪神ドラフト1位指名の藤浪晋太郎投手(18=大阪桐蔭)に対し、自らの
           キャッチフレーズ「ドラゴン」の使用を快諾した。」と報道された。
           「阪神だけじゃなく、プロ野球の顔として活躍してほしい」と、藤波が藤浪に「ドラゴン伝承」を託した。
           というような飛ばし記事にも、つい、反応してしまう藤波ファンであります。cacao86



 ・11月22日  ドラディション・新宿フェイス大会。全5試合の組み合わせを、「ファンからの公募による」という試みも実施され、
           メインには、藤波とヒロ斎藤の一騎打ちが組まれた。試合では、最近では珍しいヒロのヒールぶりにも耐え
           藤波が最後は飛龍裸絞めで粘る斎藤を絞めあげた。

 ・11月25日  ドラディション・佐渡相川大会を開催。藤波は藤原と組み、長井・ベアー組と対戦して勝利。会場には、今年も、
           元新日本プロレスの小杉選手が来場。(残念ながら、 cacao86 は多忙で佐渡に渡れず(渡佐渡できず?))


 ・12月15日  この日全日本の後楽園大会({ファン感謝デー」)の後、キリンビールのCM撮影のため、長州、藤波、小橋が来場。
           サラリーマンの夢をかなえるというCFで、なんと「長州力と闘いリング上でラリアートを喰う」というもの。
           注)後日、「のどごし・夢をかなえる」で、長州とたたかうシーンのCFが流れた。
                                             


 ・12月16日  DDT・博多大会に出場し、飯伏・伊橋組と対戦。パートナーのMIKAMIが伊橋から勝利し、KO−Dタッグ選手権の
           タイトル3度目の防衛。
           藤波「初めて飯伏君と闘って、自分のジュニアのころを思い出しました。また今度、飯伏君とやってみたいと思います」
             DDTのリンク


・12月28日  藤波の誕生日に、DVD「最後の飛龍 藤波辰爾」が発売された。ホームページでは先行予約もあり、特典も付けられた。
           (2013年8月に改訂版が発売され、現在はこの改訂版が販売されているようです)「ドラデション」HPでの紹介 amazonでの発売
          もあった。ドラデションの特典(特製の白いパッケージに藤波さんのサインつき!)

               ●DVDの内容について紹介動画へリンク(新しい枠がひらきます)



cacao86
●平成25年(2013年) 59歳
MEMOMEMO
 cacao86

 ・ 1月 6日  DDT横浜大会に出場し、KO−Dタッグ選手権試合。HARASHIMA・ウラノ組に敗れ、防衛失敗。
          この試合に臨んだ時点で藤波は59歳の現役最高齢チャンピオンであった。

 ・ 1月13日  レジェンド・後楽園大会に出場。藤波は長州・坂口征夫と組み、蝶野・天山・ライガー組と対戦。
          また、大仁田が参戦し、初代タイガーとの抗争が始まった。確かにレジェンドだが、せっかくの初代
          タイガーをあんな闘いに引き入れるとは。。。

 ・ 2月15日  ドトールコーヒーのオーナー懇親会に、猪木がサプライズ登場。このことには、藤波伽織夫人が
           関わっていて、「メチャクチャ緊張した」とブログにあります。「猪木と藤波」といっても、この日は
           伽織さんだったわけですね。

 ・ 3月      ニッセンのサプリメントのCMに藤波は長州とともに「現役プロレスラー」として登場した。
           (「すっぽんしじみ粒」のリンクはこちら  別枠がひらきます))

 ・ 3月 9日  テレビ番組「極上空間」(BS朝日)が放映された。藤波は小さなクルマに長州と乗り込んで、ドライブを
           するというもの。以前では考えられなかった「ふたり旅」を藤波・長州自身も楽しんでいる様子で、
           運転席の藤波に、助手席の長州が「藤波さん」と話しかけて番組がはじまり、ふたりで熱海の温泉に入り、
           焼き肉を賞味する。二人の思い出話が満載でした。 (番組の内容のリンク 別枠がひらきます)、
           

 ・ 5月29日  ドラデション「新たなる波動」後楽園大会を主催。藤波は、初代タイガーと組み、初登場の船木誠勝・
           AKIRA組と対戦。タイガーと船木のキック合戦があり、最後には藤波がAKIRAから勝利。
           坂口征二の長男・坂口征夫が長州と組み登場。
           藤波の長男・玲於奈君もエキシビションで蓮見と対戦(3分の延長があり、計8分の試合時間)

 ・ 6月 2日  この日放映のテレビ番組「劇的改造、ビフォーアフター」で、新日本プロレスの道場が大改造される様子が
          映し出された。(cacao86 は未見のため、詳細不詳)

 ・ 6月15日  この日藤波も出演したテレビ番組「炎の体育会TV」が放送された。藤波は「ミリオンスプーン2」に挑戦。
           結果は、ファーストエリアの「ミリオン・シーソー」でOUTとなった。あらら。


 ・ 6月27日  会津若松市の会津風雅堂で開催された「第一回全国城サミットふくしま大会」に藤波がゲスト出演。
           藤波は「プロレスラー・城ずきタレント」と肩書がついていて、写真家の桐島ローランドらと共にゲストに招かれた。
             

 ・ 6月30日  みちのくプロレスの仙台大会に、長州とともに出場。新崎人生の20周年記念試合で、チームが別れての対戦。
           長州は阿修羅の二人に指示をだしながら、右足負傷の癒えない新崎を攻める。 藤波は、やはり新崎をサポート
           しつつ、相手のそれぞれにドラゴンスクリューを見舞う。新崎が、長州の手を取って、拝み渡りを決め見せ場
           を作った。新崎の極楽固めがカットされると、その長州を藤波が足4の字で捕獲。蘇生した新崎は大塚ととも
           に必殺の「眉山」も決め、最後は念仏パワーボムで野橋を葬った。藤波と長州の存在感がすごい。
           新崎を中心に、攻めの長州、守る藤波を鮮明にした、好試合であった。

           ○新崎・藤波・大塚(14分52秒・エビ固め)長州・日向寺・野橋× 


 ・ 7月10日  全日本を退団した武藤が、新しい団体「レッスル1」を発表。

 ・ 7月12日  大阪府立大会で、藤波玲於南君のエキヒビションマッチ。再び、蓮見と対戦。レフェリーを藤波が務めた。
           解説の金沢さんも「さりげない動きがお父さんに似ている。ブリッジがすばらしい」と。

           試合後の怜於南くんの話「うん、父親が、お前もプロレスラーになったな、と言ってくれるまで(がんばる)」
                  藤波の話「うん、評価は、よくいって65点」


 ・  7月14日 ドラデション・博多大会で、藤波は長州と一騎打ち。積極的に攻めあうも、最後はリキラリアートで完全決着の
           ついた試合。両者のたたずまいだけで、観客を魅了させる。
           玲於南君がアレクサンダー大塚とエキヒビションマッチ(第3戦) 大塚のボディスラムをくい、これまでの
           エキシビションより厳しい試練となったもよう。
           なお、大仁田も参戦し、初代タイガーとデスマッチ。こいつは、あいかわらず、試合にならない。

           

 ・ 7月27日  琴平での「こんぴらプロレス」大会に参加、アステカと組み、(二代目)上田とドラゴン組と対戦。
           夜の野外でのメインは、藤波が姿を現すと「おお〜、本物や〜」と大騒ぎになって迎えられた。
           試合は上田組のラフファイトで始まったが、藤波のドラゴンスクリュー3連発、アステカのプランチャ、
           藤波の飛龍裸絞めで、きっちり勝利。
           いつも思うんだけど、地方のプロレスを見に来る人は、最初の選手紹介を、とおっても楽しみにしているんです。
           リングアナのコールで、手を挙げる選手を見て「すんごくテンションがあがる」んです。
           それだけに、この日のように、セレモニーも中途で「しかける」と、ある意味魅力の半分を失ってしまう。
           せっかくの「本物」が来ているんだから、にせものはおとなしく待ってなさい。

           藤波は「今年も呼んでくれて、アステカくん、ありがとう! 気持がいいです!」のマイクで締めた。


 ・ 7月28日  福岡県の門司港・旧大連航路上屋イベントホールで「がむしゃらプロレス」に参戦。

 ・ 8月 1日  DVD[最後の飛龍 藤波辰爾が、改訂され発売された。編集した2分30秒の映像が追加されたという。
           (編者は、2012年12月発売の初版を購入したため、改訂版については、未詳です)

           この新DVDの宣伝映像がドラデションからのリンクにあり、4分ほどの楽しいものですが、
           冒頭に、藤波さん自身のおしゃべりがあり、その後の内容紹介となっています。この開始1分21秒の一瞬のショットで
           チャボゲレロとの寝屋川決戦でのドロップキック合戦の写真は、当ホームページ上にもあるんです。。
           もちろん、無断借用ではありません。以前、藤波ファンの「16文チョップ」さんから送られてきて、すごく嬉しかった写真
           なんですよ。14歳の少年が撮影した、傑作写真です。そのときの「16文チョップ」さんの観戦記こちら
           藤波さんの記念のDVDに、嬉しいなあ。(ラバーソウルみなみ)
             
 

 ・ 8月 9日  BS日テレで放送の番組「キズナのチカラ」に藤波が登場。
          「ファイル140 息子のプロレスラー宣言に心揺れる藤波辰爾。父が下した決断とは?」 リンク(別枠)
           これまで反対してきた息子・玲於南君の突然のプロレス入り宣言、猛反対の母・伽織さん。
           ドキュメンタリータッチで進行した模様。未詳

           
 ・ 8月16日 札幌大会で、藤波はヒロ斎藤と組んで、長州・藤原組と対戦。
          玲於南君が蓮見とエキヒビションマッチ(第4戦)
          

 ・ 8月26日  この日放送されたTBSのテレビ番組「私のなにがいけないの?」に藤波が出演。
            「芸能人、ワケあり夫婦」特集で、「藤波辰巳は、家ではまったく動かない」と題し、
           藤波は、電話に出ない、ソファから動かない、などど楽しく紹介された。

            
  ・9月13日  この日更新のBS東スポサイトに、藤波のサインボールの写真が掲載された。いまでこそ、
           ファンサービスでカラーボールが投げられるが、78年凱旋帰国当時のボールはまさに
           野球ボール。しかも、リング上からのボールは、自分のサインだけではなかった、とエピソードが
           書かれている。ここの画像のサインボールは、ぜひ入手したいですね。

  ・9月14日  デビュー40周年DVD「最後の飛龍 藤波辰爾」の発売記念トークショウを昭島で開催。
          握手・撮影会やじゃんけん大会でプレゼントも行われた。

 ・9月21日 藤波は、茨城県つくば市で、ごじゃっぺプロレスに出場。メインで、GJPヘビー級選手権を
          かけて、吉田充弘に挑戦。これに勝利し、タイトルを奪取。(いいのか)

          藤波は「ここに呼んでいただいて、光栄です。吉田君、次回まで、これを、守り通してくれ。タイトルは、次回開催まで預かってもらいます」
          吉田「藤波さん、茨城まで来てくれてありがとうございます。ベルトまで返してくれてありがとうございます。」

          ということで、まあ、返上かな? 吉田より「来年、組んでください」というお願いについて、藤波は「それまでリングにあがります。」と
          リップサービス(笑)

          最後にリング上で多くの選手とともに「いち、に、さん、し、ごじゃっぺ!」と閉めた。
          おいおい。
               ★ごじゃっぺプロレス  9月21日  茨城・つくば市カピオ
             ▼GJPヘビー級選手権試合・60分一本勝負
               ○藤波( 未詳 )吉田充宏×
                 ※藤波がタイトルを奪取に成功。※次回開催まで預ける形で、王座返上。


 ・ 9月27日  藤波はフジテレビの「笑っていいとも!」に出演した。クイズ「たくさんいればみんなで答えられるかな?」の
          コーナーで、九州出身芸能人チームの一員で登場。原口あきひさや、田中麗奈、ロバート秋山らと、クイズに
          挑戦した。第1問の「新幹線「のぞみ号」の停車駅11駅を全部答えよ」をクリヤー。

           東京・品川・新横浜・名古屋・京都・新大阪・岡山・広島・新山口・小倉・博多でいいかな?(cacao86 )


 ・10月 4日  この日発売のプレジデント社「dancyu」10月号(特集「京都に行きたい」)に、「藤波家の食卓」が紹介された。
           「dancyu お弁当コレクション」のひとつで「いなりめし」が紹介された。

 ・10月 8日  日本橋三越本店で、「藤波家の食卓」の食品を販売(15日まで)


 ・11月 3日  「六本木プロレス」のゲストに藤波が登場。19日の後楽園ホールでの興行と、息子・怜於南君のデビュー
           も宣伝。ファンからの質問に応じ「いつも近くで見ているので、ドラゴン殺法がでる。ドラゴンスクリューをあの船木
           を相手に出せるかはむずかしいだろう」と。

 ・11月 8日  都内で藤波と怜於南君が公開スパーリング。玲於南君のリングネームが「LEONA」と決定した。
           有名なアニメ作品とかゲームとかに被るけど、いいよね、本名なんだから。
           正直、cacao86 は「だいじょうぶ、マイフレンド」の広田レオナさんを思い出します。はい。


 ・11月10日  テレビ番組「有吉反省会」に出演。藤波は「滑舌が悪くて何を話しているかわからない」ことを反省するという。
           それでも藤波は「長州よりはまともだろう」などと話し、楽しく進行。
           「くたくたシャツ、100着」などの早口言葉にも挑戦。最後は「滑舌悪い口喧嘩」で長州と対戦。わはは。

           なお、この番組の主旨とは直接関係は薄いが、番組内で、博多大吉が
           「長州は、かませ犬云々とは、言っていない。あれは、記者が書いたもの」とはっきりと暴露した。
           藤波も「ああ、そうですか」と応対したが、この件に関して、これだけはっきりと指摘した発言は
           初めてだと思われる。(ああ、そうですか・笑)


 ・11月19日  ドラデション「新たなるステージ」後楽園大会を主催。藤波の長男・怜於南君はLEONAとして登場。
           この日がデビュー戦となったLEONAは船木誠勝と対戦、おおいに健闘するもプロとしての洗礼を
           受ける。藤波自身は金本と組んで、初代タイガー、丸藤(ノア)組と対戦。いずれもジュニアの一時代を
           築いた選手ばかりのタッグとなった。最後は藤波が初代タイガーに「逆さ押さえ込み」を決める。
           なお、ヒロ斎藤の35周年のサプライズも行われ、おおいに温かく、盛り上がった大会となった。

           ※マッチョさんのブログによると、この試合が藤波さんの3698試合めなんだそうです。私のページでは
           全然足りてないですう。涙 くっそ〜〜〜。

 ・11月30日  藤波はこの日「World Graph」誌の取材で、宇都宮の「ザキいつコーポレーション」を訪れた。リンク
           「『おかあさんといっしょ』も息子さん(現プロレスラー)が小さい頃に見てたって言ってた 」とありますから
           怜於南くんのことですね。インタビューを終えて「癒された〜」と叫ぶところが、ほのぼのしています。



 ・12月 1日  藤波、一気に国内3700試合を達成。 そして、藤波と武藤が握手(!)
           この日藤波が出場した「レッスル1」の博多スターレーン大会で、藤波は武藤と組んで闘った。藤波は
           真田との対戦だったが、ここに真田と敵対するデスペラード軍が乱入。そちらは「無効試合」となったが、
           藤波は真田、そして武藤と組んで、デスペラード軍と6人タッグ対決。ドラゴンスクリューからの足4の字固め
           の共演となった。武藤が手を出すと藤波はがっしりと握手。
           藤波と武藤が組むのは、16年7か月ぶりということで、これは実は「歴史的雪解け」でもあった。

           藤波の新日本社長時代に、全日本との橋渡し役だったはずの武藤が、実際には離脱・退団して全日本へ移籍。
           また、例の「無我ワールド」時代の征矢・西村の引き抜き、と まあ、とんでもないよね、冷戦状態だった。


           藤波「武藤はレスラーだから、その時の境地はわかる。前に進もうということ。」
             また「息子(LEONA)もデビューしたし、真田に一回相手をしてほしい」
           武藤「う〜ん、藤波さんは、オトナだなあ」(と、いつもの武藤節)

           なお、くしくも、この武藤と組んだ6人タッグが、藤波の国内3700試合となった。
              (この項は、「東京スポーツ」と「マッチョの絶対おすすめグッズ2」より
               ※わが、ドラゴン全試合記録では、3689試合め(泣) 10試合ほど記録ができていません。
                                                    がんばります。cacao86



 ・12月 2日  藤波が出演したテレビ番組「くりぃむのまいったなあ互助会」が放映された。藤波は、「互助会」(思わず「まいったなぁ」と
           言ってしまうエピソードを集めて、最終的に「今週一番のまいったさん」を決定する)という、とほほな企画に登場。

 ・12月 7日  藤波はノアに出場。田上明の引退記念試合の8人タッグに登場。全日本・ノアの流れから、田上の引退に華を添えた。
           中継では川田がゲストに迎えられ、田上の新旧・付き人たちや天龍との「お別れの儀式」といった模様になった。

           まるで田上は馬場さんの晩年のような動き。普段ノアを観戦していないものから見ると、失礼ながら、大変下品な
           試合。8人ではなく、天龍・藤波・井上と田上・森嶋・杉浦の6人タッグで良かったのではないか。田上のメモリアルマッチ
           ということ以外、正直、藤波はかかわってはいけないと思った。

           このごろよく対戦するインディーの選手との試合は、その中で「新たなる希望」も見出せるのだが、この試合だけは、
           試合を見ていて、なんだか、見る方がつらくて、涙が出てしまった。。。なんかなぁ・・・


 ・12月18日  この日の夜、新宿の「アントニオ猪木酒場」に藤波が登場!?(詳細未詳)

 

 ・12月23日  都内のホテルで「力道山をしのぶ会」が開催された。田中敬子夫人に猪木・坂口・藤波・小鹿・前田・佐山と
           団体を超えたレスラーやプロ野球の張本らが出席した。

 ・12月26日  藤波は還暦を祝う旅行で富士五湖へ 歌手の角川博さんとのダブルバースデー・還暦祝いとなった。
           なお、伽織さんのこのブログページには「藤波のちゃんちゃんこ姿」がアップされている。 リンク

 ・12月28日  藤波が60歳に。藤波は、沖縄プロレスで、グルクンマスクと対戦。なんと赤いトランクスで試合に臨んだ藤波は
           飛龍裸絞めでバースデー勝利を得た。この後、リング上でケーキが用意され、バースデーパーティーに。
           なお、この日、藤波と長州がふたりでドライブするというテレビ番組「極上空間」が再放送された。これは3月9日
           放送のこの番組が「年間リクエスト第1位」になった人気の回であったため。


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