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 ドラゴン大年表 

  昭和59年(1984年)


●昭和59年(1984年)  30歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
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1月4日
東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」授賞式がおこなわれ、藤波は「最高殊勲選手賞」を受賞。猪木は最優秀選手賞、努力賞に小林、大衆賞に上田も選ばれた。
プロレス大賞について
新春黄金シリーズ 開幕戦 1月5日 東京・大田区体育館▼45分1本勝負
  ○藤波(15分9秒・回転足折り固め)トニー・ロコ×  ※「回転エビ固め」という記録もあるが、誤り

 ・ 1月 1日  後楽園で新春黄金シリーズ開幕。メインでは猪木がローデスと
          両者リングアウト。藤波・前田組と長州・谷津組の対戦は、前田
          が長州にリングアウト負け。なお、この日、猪木・坂口・藤波の
          記者会見が行われ、全日本についての話題も出た。
           藤波「ことしこそ、全日本プロレスとの交流戦を」

           この正月に藤波に届いたファンからの年賀状は約300通。
          元旦の晩と2日の昼間、2日がかりで全部に目を通した。
           藤波「正月の楽しみは、これに限る(笑)」

           なお、この元日から、藤波宅には富士山の浅間神社から取り寄せた
          という立派な神棚が飾られ、毎朝、手を合わせているという。
                             (週刊プロレス・第33号記事)

 ・ 1月 2日  全日本プロレスの後楽園大会に坂口副社長と中根営業部長が
          馬場を表敬訪問。合同興行も話題にのぼったといわれる。

 ・ 1月 4日  東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」授賞式が行われる。
          年間最高試合に「4.3蔵前の藤波・長州戦」、特別大賞に猪木、
          技能賞に前田、努力賞に高田、最優秀外人賞にホーガンが選ば
          れる。会場では各団体の選手の交歓風景がみられ、ことしこそ
          オールスター戦を、というファンの機運が高まった。

 ・ 1月10日  多賀城大会で、お年玉プレゼントの福引きを藤波がつとめた。
          この日発売の「週刊プロレス」で、83年の「プロレスグランプリ」の
          結果が発表された。藤波vs長州の4月3日蔵前決戦がベストマッチ
          に選ばれた。

 ・ 1月13日  横浜文体大会。メインの猪木・藤波組と長州・浜口組の対戦は、
          入場時のファンのマナーが最低で、猪木がエキサイト。ちぐはぐな闘い
          になった。最後は姿をあらわしたアレン・木村に猪木がかかってゆく間に
          ふたりがかり攻撃で藤波を長州がフォールした。
           猪木「今日は、ファンにやられた」

 ・ 1月18日  「欽ちゃんのどこまでやるの」にタイガーマスクが出演し、見栄晴に
          コブラツイストなどをかけていたが、突如マスクを脱ぐ。

 ・ 1月17日  この日発売の「週刊プロレス」の表紙に藤波辰巳が登場
         週刊化してからははじめての単独登場となる。

 ・ 1月18日  デイリースポーツに「長州、第三団体を設立か?」の記事が掲載された。

 ・ 1月20日  福岡・柳川大会。メインで猪木・藤波組は、アレン・ラッシャー組と対戦。
          乱入したブッチャーがアレンに暴行。赤い鉢巻きで入場したラッシャーは
          猪木を凶器攻撃。アレンは藤波にしつこいイス攻撃。またブッチャーが乱入
          して、無効試合となったあと、維新軍のメンバーが続々と乱入。
          ストロングスタイルを標榜していた新日本プロレスが、まともな試合を見せら
          れなくなってきたことを示す、象徴的な大会であった。
 ・ 1月31日  東京スポーツに「猪木、移籍か?」の記事が掲載された。
          このころ、フジテレビで4月からプロレス番組を放映する、という噂や、猪木の
          引き抜き工作がるなど、闇情報が飛び回っていた。

 ・ 2月 3日  雪の札幌中島、長州との選手権試合を前に、藤原が長州を襲撃。
          試合は不成立。藤波は裸のまま外にでる。心配した高田を殴り
          つけるほど興奮。場内は「金返せ」コールに包まれる。このあと、
          デイビーボーイ・スミスとダイナマイトキッドのスピードあふれる試合
          も、観客に集中力がもどらず、メインの猪木・前田組とホーガン・シャ
          ープの対戦も、試合の終盤に木村が乱入しても雰囲気はかわらず
          猪木がシャープに勝った後、ダーのポーズを取るも観客は冷ややか
          な反応。なぜか猪木は前田に張り手。前田の露骨に不満な顔が印
          象的であった。場内は全試合終了後も「か〜ねかえせ」コールが続いた         

           藤波の、試合前のインタビューでの決意。
          「タイトルを取るとか、取られるとかより、長州との闘いは
           今夜が最後にしたい」
          試合後、雪の札幌の町を歩きながら
          「俺の気持ちが、お前たちにわかってたまるか・俺はこんな会社、明日にでも
           辞めてやる。試合などしたくない。猪木さんに言っとけ。俺は絶対にあやまら
           ないからな」
           

           この事件をきっかけに、藤波は猪木に対して不信感をあらわにして、タッグを
           拒否。

              なお、最近のミスター高橋の著作によると、この事件は、猪木が仕組んだもので
               長州を襲わせる若手は、最初は小杉であったが、高橋の推薦によって藤原に変
               えられたという。また、当然、長州も藤波も承知の事件で、藤波の「こんな会社、や
               めてやる」も、秀逸な台詞だという。


           さらに、2015年の田崎健太著名「真説・長州力」には、大塚氏の話として
           「新日本プロレスとは別の、新日本プロレス興行が、この興行を担っていて
            それに対するいやがらせだと思いました」とある。この「新日本プロレス興業」
           は大塚氏が率いるもので、猪木の思惑とは違い、のちに全日本の興行もやり、
           「ジャパンプロレス」となってゆく。

           藤波は後に、吉田豪にこの事件について聞かれ
           「タクシーを拾ってホテルまで来たが、ルームキーを持っていないことにきづいた」
           そして、タイツ姿のまま、付き人の到着をロビーで待っていた。というかわいいエピソードを
           語っている。
          


 ・ 2月 9日  大阪府立での試合。メインに藤原が登場し、猪木・前田と組むも
          長州・浜口・谷津組みにいたぶられ、あきらかに不公平なレフェリング
          もあって、流血からレフェリーストップとなる。これほどカタルシスの感
          じられない闘いも珍しい。この日、ラッシャー木村がホーガンと一騎打
          ち。真っ向勝負をいどみ、ホーガンを追い込んで、観客を驚かせた。最
          後は場外戦で、投げられたホーガンが逃げるようにフェンスの外に出た。

 ・ 2月11日  もとタイガーマスクの佐山が新しいジムを開き、山崎が参加。

 ・ 2月13日  フィリピン遠征。ケソンで、藤波はキラーカーンを相手にWWFインター
          の防衛戦。両者リングアウトで初防衛。この日、藤波は赤いタイツで登場。
          地元の元国際プロレスの大磯も出場した。
               
           フィリピン遠征から帰国した藤波は、大分・国東の実家に飛び、亡父の
          墓参りをすませた。

           犬の専門誌「ドッグ・マガジン」(3月号)に、「コトバが通じる3匹の娘たち」という
          題名で、藤波家の飼い犬が紹介され、藤波夫妻の写真も掲載された。

 ・ 3月 2日  この日の午前中、週刊プロレスの記者の取材を自宅で受ける。藤波は
          「レスラー15年目、誰とでも闘いたい」と決意を語った。
          綾瀬でビッグファイトシリーズ第1弾が開幕。藤波は猪木とのタッグを拒否
          し続け、ストンパーとの一騎打ちが組まれた。しかし、ストンパーの事故で
          相手がワイルド・サモアンに変わり、これを軽く一蹴した。前田とラッシャーが
          試合会場にあらわれず、失踪。長州と藤原の一騎打ちが組まれ、無効試合に。
          正規軍の入場式で、乱入した長州が猪木に対戦をアピールすると、藤波は
          エキサイトし、坂口に制止された。藤波は憮然として、サインボール投げにも
          加わらなかった。

           このシリーズでは長州の維新軍がらみの試合は、場外フェンスがらみの
           反則勝ち、両者リングアウト、維新軍メンバーの乱入、無効試合が続いた。

           藤波は、「飛龍十番勝負」の相手として、猪木を指名。これはシリーズ中にも
           行われるという報道もあった。(結果は、対戦はなし)

 ・ 3月 9日  茨城・古河市立体育館大会。メインで猪木と藤原のタッグが、長州・浜口組
          と対戦。維新軍のメンバーが乱入して暴挙をはたらくと、藤波もリングに入り
          猪木を救出した。
          なお、この日藤波・木村組は、マードック・アドニス組と対戦し、木村が敗れた。

 ・ 3月16日  鹿児島県立体育館大会。この日のメインでは猪木と藤波が56日ぶりにタッグを
          組み、長州・浜口対戦。藤原の乱入もあって、無効試合となった。

 ・ 3月21日  大阪城ホール大会。藤原と長州が一騎打ち。藤原はパウダーを投げつけたり
          荒縄を持ち込んで大荒れの試合となった。その後、藤波は谷津と一騎打ち。
          しかし、前試合の余波を受けて、維新軍の乱入で藤波の、反則勝ち。また、
          メイン終了後、維新軍が乱入し、猪木を滅多打ち。負傷させた。
 ・ 3月22日  尼崎でのシリーズ最終戦。メイン登場の猪木が、登場時、維新軍の暴行
          にあい、負傷して試合にでれず。急遽、セミを終えたばかりの坂口が出場。
          結果は維新軍の反則負け、というシリーズを象徴するような終末を迎えた。

 ・ 3月25日  前田がMSGでラファイエルを破り、WWFインター王座を獲得する。
          藤波の持つものと同名のタイトルが出現した。
          「藤波はベルトを投げ捨てる暴挙に出た。チャンピオンとは認め
           ない」(2月3日の行動)との新間氏のコメントがある。

 ・ 3月27日  藤波は、栃内良氏のインタビューを自宅で受け、主として長州戦を語った。
          またこの日発売の「週刊プロレス」第35号では、「青梅マラソンに出場したい」
          という藤波のインタビュー記事が掲載された。

 ・ 3月30日  後楽園でビッグファイトシリーズ第2弾開幕。猪木は負傷が癒えず欠場。
          会場にUWFへ参加表明したラッシャー木村と剛があらわれ、UWFリングで
          闘えと猪木を挑発。また、控え室では、藤原が前田に対し制裁を宣言。こ
          れを猪木が、個人的な行動として許可。リング上に選手が勢揃いをして
          サインボール投げをしているところに維新軍が乱入。古舘アナはリング上
          から実況中継をした。藤波は長州につっかけてゆき、坂口らにとめられる。
          憤懣やる方ない藤波は、サインボール投げにも参加せず。
           藤波は坂口と組んで、スーパースター・ムラコに勝ち、メインの長州・浜口
          は、アキム・カリムに反則負けを喫する大失態。旗色が悪く仲間に助っ人を
          頼んでの反則負け。しかも、長州ひとりで大型チームに立ち向かう場面が
          まったくなかった。終了後、藤波がジーンズ姿でリングに入り、長州を挑発
          した。

 ・ 3月31日  藤波は、新日本プロレス近くの喫茶店で高千穂遙氏と対談。プロレス全般
          について、長州戦やレスラーの凄みなどが話題となった。

 ・ 4月 3日  東京から相模原に向かうバスの中で、ドラマ「スチュワーデス物語」最終
          回を放映。堀ちえみのファンである藤波、栗栖らが涙して見たとか。

 ・ 4月11日  大宮でユニバーサルプロレス旗揚げ戦(のちのUWF)
          最後まで猪木の登場はなかった。17日には藤原が出場して前田と対戦。
          両者KO引き分けとなった

 ・ 4月19日  蔵前でシリーズ最終戦。正規軍と維新軍の五対五勝ち抜き戦が行われ
          先鋒の藤波が、小林邦明・寺西を破り、これを破った谷津に高田が負け、
          谷津に勝った木村健吾が浜口に敗れ、浜口と藤原が両者リングアウト。
          最後は、猪木と長州の大将同士の一騎打ちとなって、猪木の勝ち。
          正規軍に凱歌があがった。

 ・ 4月20日  「藤波辰巳 炎の飛龍」(武田英二郎著)が、立風書房より出版さ
          れる。

 ・ 4月25日  週刊プロレス増刊「藤波辰巳」(5月5日号増刊)が発売される。
          この号には、ソノシートが付録につき、83年8月4日の長州戦の
          実況放送が録音されていた。

 ・ 5月 1日  福岡で84IWGPの開幕戦。昨年の優勝者であるホーガンとの対戦権を
          めぐって、参加選手の総当たりリーグが行われる。この日はアンドレが、
          ケンパテラをわずか2分あまりで破る。メインの特別試合で、猪木がホーガ
          ンに反則負け。
 ・ 5月 4日  カールゴッチが来日。ゴッチ教室も道場で行われた(11日まで)

 ・ 5月 5日  日本橋三越で「藤波辰巳のプロレス教室とサイン会」開催。約1500人の
          子供たちが集まった。
 ・ 5月18日  藤波は広島でアンドレとIWGPリーグ公式戦。試合途中で回転エビ
          固めを決めるが、3分持たず玉砕。猪木は長州を逆さ押さえ込みで破る。

 ・ 6月 6日  この日の朝、藤波は腰に激痛が走る。横浜で猪木と組み、マードック・
          アドニス組とメイン。勝利後、控え室でうずくまる。
 ・ 6月 7日  仙台で猪木とIWGP公式戦。腰痛の影響で実力を発揮できず。多彩な技を
          出すも、腰に力が入らず、ダメージを与えられず。逆に猪木の腰への集中攻撃
          を受け、場外で起きられずリングアウト負け。
           
           この試合について、週刊ゴング(6.28号)には、「藤波に刑を執行した猪木の憎悪」
          と題し、83年のクーデター事件の主役であった藤波に対しての憎悪からの制裁、と
          報じた。

 ・ 6月10日  藤波は静岡で長州とIWGP公式戦。100万円の賞金マッチ。腰を
          痛めている藤波に長州は執拗なサソリ固め。藤波のリングアウト負け。

 ・ 6月11日  藤波は名古屋でアドニスとIWGPリーグ公式戦。腰の状態が最悪。
          逆さ押さえ込みで勝つ。

 ・ 6月14日  蔵前で84IWGP決勝戦。リーグ戦の結果、ホーガンと闘う権利を得た猪木が
          ホーガンと闘う。17分過ぎ両者リングアウトになるが、延長戦となり、2分で両
          者エプロンアウト。両者とも決定的なダメージを相手に与えられず、再延長。3
          分ほどで、なんと長州が乱入。どさくさにまぎれて、猪木がホーガンを破り優勝
          するも「金返せ」コールが発生。さらにファンが暴動を起こし、収拾がつかなくな
          った。ファンから「長州を処罰しろ」という署名がなされ、後日話し合いをもつこと
          となった。なお藤波は坂口と組んでタッグ。
          この日は会場に入りきらなかったファンのために、相撲教習所にて日本ではじ
          めてのクローズドサーキット放映が行われるなど、ファンの期待も大きかった。

 ・ 6月18日  新日本プロレス役員会で、ストロング小林の取り締まり役退任
          が承認され、後任に藤波が決定。
 ・ 6月下旬  少年サンデーに劇画「プロレス大勝負」が連載開始。この物語は藤波・長州の
          闘いを漫画化したもので、藤波も愛読していたという。

 ・ 6月27日  藤波は坂口とハワイ遠征。ピーターメイビアの招待によるもの。
 ・ 6月29日  後楽園でサマーファイトシリーズ開幕。記者会見で6月14日の乱入に
          対して長州に処分が発表された。長州は谷津戦に乱入し、猪木・藤波が
          駆けつけた。

 ・ 7月 1日  学習研究社から「アイドルコミックス・藤波辰巳」(宮田淳一著)が
           発売された。
           
            楽しい漫画で藤波の歴史と、インタビューやある日のドキュメントなど
           もりだくさん。学研から発行され、定価は390円。
             
           ラインアップは
           柏原芳恵・岡田有希子・堀ちえみ・松本伊代・原辰徳・荒木大輔・アントニオ猪木・
           タイガーマスク・早見優・藤波辰巳

 ・ 7月 5日  藤波は大阪で、カネック、長州、相手に一夜2試合を敢行。
          カネックにはWWFインターヘビー選手権の3回目の防衛。
          この日の試合は、コミッショナーよりも猪木の指揮権が勝った結果になった。
          長州との試合は、長州が凶器のハサミを持ち出し後味の悪い対決となった。

 ・ 7月20日  札幌中島で、長州と一騎打ち、これを破って、WWFインターのタイトル防衛。
          4回目。 なお、この日控え室に元国際プロレスの若松が現れる。

 ・ 7月  日  藤波夫妻がテレビ番組内で「葵の御紋」のコレクションを募集。

 ・ 8月 2日  この日が最後のプロレス興行となる蔵前で、シリーズ最終戦。藤波はデビッ
          ト・シュルツに逆さ押さえ込みで勝つ。メインの猪木は長州と一騎打ちを行い
          グランド式のあばら折りで勝つ。解説の小鉄が「これは長州も納得がいったで
          しょう」と解説。

 ・ 8月 4日  「アフガン難民救済パキスタン遠征」に出発。猪木・藤波・木村・長州・アレン・
          カネックら総勢18人が参加。
          ペシャワール、ラホール、カラチ、イスラマバードを転戦。
 ・ 8月12日  パキスタン遠征中クエッタで、「大統領命令」により、藤波は長州とタッグを組
          む。クエッタは電話の回線が少なく、必ず日本のかおり夫人に電話をする藤波に、
          新聞記者が、試合結果などを伝えて欲しいと頼んだという。16日に帰国。

 ・ 8月18日  大阪・堺で藤波後援会発足4周年のパーティーに参加。約250名の会員が参加。

 ・ 8月24日  後楽園でブラディファイトシリーズ開幕。ここでワカマツが謎のマスクマンを連れて
          登場。猪木に対戦を迫る。猪木はパキスタン遠征の過労で試合には出ず、放送席
          にいた。「筋肉マン人形」を配りながら入場したスキー帽のマスクマンは、リング上で
          若手をタックルで蹴散らし、その姿は最強であった。

 ・ 8月26日  福生でストロング小林の引退興行。小林は試合には出ず、テンカウントのセレモ
          ニーが行われた。
 ・ 8月30日  南足柄で、メインに藤波が登場し、バックランドと一騎打ち。26分過ぎに両者リング
          アウトとなる。この試合は、藤波のキーロック攻撃が続き、「長すぎたショートアーム
          シザース」として有名になった。猪木は木村健吾と組んでセミに登場。

 ・ 9月  日  週刊化第1号のビッグレスラー誌(創刊号)に、「本誌が選ぶ週刊MVP」として藤波の
          特集記事が掲載された。

 ・ 9月 7日  福岡でストロングマシーンと猪木の一騎打ち。無効試合に。藤波はブッチャーと
          対戦。フライング空手チョップでブッチャーの額から出血させ、おおいに攻め込むも
          ブッチャーのスタミナ切れから、わずか5分弱で両者フェンスアウトに。

 ・ 9月  日  エキサイティングプロレス10月号に、「藤波辰巳のことなら何でもわかる本」と題した
          小冊子が付録としてつけられ、直筆サイン色紙のプレゼントも実施された。

 ・ 8月31日  大型写真集「藤波辰巳」がベースボールマガジン社より出版される。
           なお、この写真集を、6月28日から7月31日までに予約をした人には、もれなく
          藤波の手形つきサイン色紙がサービスされた。約2000冊の予約があり、藤波は
          試合のやオフの期間に、2000枚のサインをした。

 ・ 9月18日  江南で最後の正規軍・維新軍対決。長州が木村に首固めを決め、長州・浜口・谷津
          組が猪木・坂口・木村組に勝つ。維新軍が観客にきちんと挨拶をして退場。

 ・ 9月20日  大阪府立でシリーズ最終戦。猪木はアティサノエと異種格闘技戦を行い勝利。
          全試合終了後、長州たちのWWFへの遠征を前に祝宴が開かれる。
          藤波と長州が握手。この後、藤波は大分の実家に帰省し、翌日の長州らの離脱を
          知り、急遽都内に戻ることになった。

 ・ 9月21日  長州以下、維新軍の大量離脱が始まる。「新日本プロレス興行」入りを表明。

            藤波「これまで俺と流した汗はなんだったんだ。すべてを否定してしまった。ゼニカネで理想を
                売る方もそうだが、カネの力でレスラーを左右するのは許せない」

 ・ 9月22日  全日・馬場から藤波に引き抜きの動きがあるも、断る。

          「俺は100%動きません。たとえ何が起ころうと、猪木さん、
           新日プロと共に生きます」

 ・ 9月25日  この日発売の東京スポーツは1面で「藤波 移籍騒動 衝撃暴露」と
          藤波の引き抜きと、全日入りの噂を否定の報道をした。
          12日22日23日と3回勧誘の電話があったと暴露した。
          「降りかかる火の粉は払わなければならない。こんなことが起こるたびに
           レスラーの価値観が問われる」
          

 ・ 9月26日  箱根で強化合宿。このころには選手の管理のため合宿所に泊ま   
          ることもあった。猪木が記者会見で「年末には少し早いけど
          すっきりと大掃除が出来た」と発言。インタビューでは藤波が
          決意を表明。健吾は「稲妻!」と。

           藤波「とにかく、俺は、先頭に立って猪木・新日プロを守る!」


 ・ 9月28日  藤波は、深夜番組「オールナイトニッポン」に出演し、田中アナと共に
          DJの山口良一と「闘魂スペシャル」コーナーに登場。ハガキに応える
          形式でしゃべったあと「新日本プロレスは永遠に不滅です」「ネバー・
          ギブアップ」と締めくくった。

 ・ 9月29日  藤波はミスター高橋とともにUWFの道場を表敬訪問。

 ・  月  日  新日本プロレスの道場を、マシン軍が急襲。3号も姿を見せ、藤波ら
          に暴行を働いて逃走した。(詳細調査中)

 ・10月 5日  越谷で闘魂シリーズ開幕。武藤と蝶野が二人で対戦し、デビュー。武藤が
          逆エビで勝つ。高野俊二が凱旋帰国し、ブレッド・ハートと闘うも、負傷して
          以後欠場。コブラも帰国して、マシン1号2号と対戦し、試合後もやられ続け
          るコブラを救援に藤波が乱入。マシンの頭部に跳び蹴りを見舞う。
          メインでは猪木・藤波・木村組が、オートン・ブレアー・スーパースター組に勝ち、
          試合後、放送席まで降りてきて、マシン軍団への闘争心を表明した。

 ・10月14日  「オールスター家族対抗歌合戦」に藤波一家が出場。藤波はかおり夫人と
          「ふたりの大阪」をデュエットし、藤波チームとして「想い出の渚」を歌った。

 ・10月17日  魚津大会で、藤波はマシン軍団に襲われ額を縫う負傷をおう。試合中に
          襲われ、藤波はリングアウト負けを喫した。

 ・10月28日  大阪大会で、闘魂シリーズの打ち上げパーティが行われ、猪木、藤波ら
          の主力メンバーが参加した。ファンも300人参加。

 ・10月30日  岐阜大会で、猪木・藤波組とストロングマシン1号2号組の対戦中
          ストロングマシン3号(ステファン・ピットバス)が乱入。なお、この試合中
          藤波のドロップキックで若松がロープに宙づりになってしまった。

 ・11月 1日  東京体育館で、シリーズ最終戦。この日はファン感謝サービスも
          行われた。猪木のサイン会、坂口の腕相撲、藤波のリンゴの皮むき
          など。試合では、藤波はボブ・オートンと一騎打ち。オートンは本物の 
          馬に乗って登場した。藤波の先導はタレントの斉藤清六、山口
          良一らによる中国風竜の蛇踊り。WWFインターのタイトル戦の
          この試合に、 なんと藤波は、サソリ固めで勝つ。5回目。

          大量離脱のピンチを支えようと集まった場内のファンは、フィニッシュの長州の
          技に静まりかえる。なお、メインは特別試合で、猪木が、ストロング
          マシン2号(力抜山)と一騎打ち。一行は、この日からサイパンで
          強化合宿に入った。

 ・11月 5日  藤波が、サイパンで「プロレスサミット」を呼びかける。
          「いまこそ、馬場さん、猪木さん抜きの、われわれだけの話し合いを」

           鶴田は「気持ちはわかるが、組織のひとりとしては、動けない」
           藤原「今は、会う気もない」

 ・11月14日  藤波夫妻がテレビ番組「三枝の爆笑夫婦」に出演。
          藤波は、かおり夫人に「おにいちゃん」と呼ばれ登場。恋人時代の
          エピソードや新婚生活を披露した。家では軽いものでも動かさない
          藤波は「力は金のために使うもの」と豪語。また、夜寝ていても、試
          合中のくせが出て、夫人を投げ飛ばしてしまう、など。

 ・11月16日  川崎で第5回MSGタッグ・リーグ戦が開幕。公式戦で猪木・藤波組は
          ホーガン・サモアン組に快勝。ホーガンは額を負傷し帰国。30日には
          リーグ戦に戻るはずだったが、結局来日せず不戦敗に。
          なお、このシリーズから、紙テープの投げ入れが一切禁止された。

 ・11月23日  熊本大会。翌24日も熊本大会で2連戦を行う。

 ・11月30日  愛知県体育館で、猪木・藤波組はリーグの公式戦。試合途中で、
           藤波は、マシン1号相手に久々の飛龍原爆固めを炸裂させる。
           (このときの相手はマシン2号との情報もあるが、混乱状態で、確認
           がむずかしい。解説の桜井さんは2号というが、ファンの間では
           1号であるという人が多い))猪木は飛び込んできた方を延髄で料理。
           パートナーのフォローでフィニッシュにはならなかったが、勝利に向け
           て、おおいに貢献した。藤波の腰へのダメージも小さいとはいえないが
           かけられたマシンは、若手の肩をかりて引き揚げていった。
 
 ・12月 5日  大阪で、第5回MSGタッグリーグの優勝戦。猪木とのコンビ
          で、マードック・アドニス組に勝ち優勝。ほんとうに嬉しそうな二人の笑顔が
          印象的だった。

 ・12月 6日  藤波は広島でマードックと引き分け。その後、500万円争奪スーパー・
          バトルロイヤルに出場。マードックと連携してアンドレを攻めるなど珍し
           い攻防が見られた。もちろん、優勝はアンドレ。

 ・12月 8日  フィリピン遠征。ケソン大会。藤波は木村と組んで、マードック・アドニス
          組の持つWWFタッグ選手権に挑戦。試合の9割以上が主導権を握られ
          惜しくもタイトル奪取ならず。
          猪木がジャイアントと両者リングアウト。

 ・12月 9日  フィリピン遠征。マニラ大会。藤波はアドリアン・アドニスに勝ち、WWFイン
          ター王座の6回目の防衛。

 ・12月14日  東京・六本木のレストランで、84年プロレス写真記者クラブの表彰式が
          行われ、新日本からは、藤波が表彰された。

 ・12月19日  藤波・坂口・戸口がハワイ遠征。ホノルルで、藤波は坂口と組み、
          サカイア・チュイ組の持つポリネシアタッグ選手権に挑戦。両軍リン
          グアウトでタイトル奪取ならず。

 ・12月25日  新日本の道場で、恒例のもちつき大会が行われた。その席で、
          藤波は、前田からの挑戦を断る発言をした。
          「招待は感謝しますが、年内はスケジュールがいっぱいなの
           で、お断りします」

 ・12月28日  猪木がニューヨークでの定期戦に出場、デビットシュルツを破る。
           藤波が自宅での長時間インタビューを受ける。

 ・12月30日  藤波の自宅マンションのもちつき大会。記者の取材も受ける。
 ・12月31日  生放送の「さよなら1984」に、藤波・山本小鉄・木村健吾・荒川が
           出演。    

           週刊プロレス誌の「プロレス・グランプリ」で
           スペシャルレスラー賞にを受賞
              


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ラバーソウルみなみ