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 ドラゴン大年表 

  昭和58年(1983年)  藤波・長州名勝負数え歌  (当時の二人の熱き闘いをgifアニメで)


●昭和58年(1983年)  29歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
試合・大会関連  タイトルマッチ  トピックス 主なエピソードなど
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス


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1月4日


 ・ 1月 1日  後楽園で新春黄金シリーズ開幕。選手は盛り上げようとするも、観客の質が悪く、全体を通して後味の良くない
          大会になってしまった。そんななか、藤波は、飛龍十番勝負第7戦として、なんとか白星をあげたい気持ちで、、
          ジェシーベンチュラと一騎打ち。ベンチュラのゆっくりなペースに合わせ、じっくりと試合を組み立てる。
          ベンチュラも力だけでなく藤波の左腕を絞り上げたり、キーロックで攻めたりと、藤波にペースを取らせない。
          藤波もブレーンバスターを出すなどヘビー級を意識した闘いに。場外での攻防もあるのだが、互いに、決め手
          に欠く。ベンチュラが藤波を抱え上げて、フェンスの外に出してしまい藤波の反則勝ち。藤波は意外に苦戦した。
          

          見ごたえのある試合ではあったが、観客には、テンポのある試合を歓迎する雰囲気が作られ、一部の「しったか」ファン
          の心無い野次も飛び交い、藤波の勝ち名乗りにも、拍手はまばらであった。
          飛龍十番勝負の戦績は2勝4敗1分けとなる。

           このシリーズから、3本勝負がほとんど姿を消し、1本勝負が主体となった。
           前年の終盤からの1本勝負の傾向がさらに顕著になったと見られる。

 ・ 1月 2日  後楽園で、藤波はキラー・カーンと組み、長州・マサ斉藤組と対戦。
          両軍リングアウトに終わる。試合中から藤波とカーンのコンビネーションは
          悪く、藤波は試合後「カーンは本気で闘っていない。おかしい」と。
          メインの猪木は、ベンチュラに圧勝。

 ・ 1月 4日  東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」授賞式、藤波は殊勲賞を受賞。
          最優秀選手賞にタイガーマスク、最高殊勲選手に猪木らが選ばれる。

 ・ 1月 6日  後楽園で、藤波は猪木と組み、木村・浜口組を一蹴。この日、小林邦明
          がタイガーマスクに挑戦。また、坂口と組んで長州・マサ斉藤と闘ってい
          たキラー・カーンが造反。坂口にニードロップを浴びせる。マサ斉藤・長州・
          カーン・小林で「革命軍」を結成する。(しばらくは「狼軍団」の名前が使われた。)

             試合後のカーンの話「新日本プロレスを改善するためだ」
             坂口の話「なぜだ?なぜだ?」

 ・ 1月14日  徳山大会の試合前に、猪木、藤波、タイガーマスクが、同市の福祉施設を
          訪問し、子どもたちと交流をはかった。
 ・ 1月17日  熊本大会。専門店で現地の名物・馬料理を食べる。馬の急所料理に挑戦
          した藤波だったが、下痢をおこす。

 ・ 1月18日  イギリス、アルバートホールで前田がウエイン・ブリッジに勝ち、WFGB
          ヨーロッパ・ヘビー級タイトルを奪取。

          このころ、猪木が「リズムタッチ」のコマーシャルに出演。

 ・ 1月20日  大分・荷揚町でのメインの6人タッグ(猪木・坂口・藤波組vs長州・マサ・
          カーン組)中に、新国際軍団の木村・浜口・寺西の3人が乱入。猪木を
          控え室に拉致。ロープで身体を縛り、暴行を加える事件が発生した。

           藤波は、国東半島に雪が降った光景を見て「郷愁を感じてしまった」そうだが
          「闘う男に故郷はない」とも語って、臨んだという。また、別府の坂本医院には
          狼軍団が占拠して治療を受け、正規軍が入れないということもあったそうな。

           そして、この6人タッグは、藤波と長州を中心に、正面からぶつかり合い、
          藤波のドロップキック3連発が出るなど、素晴らしい試合展開であったが、
          国際軍が暴挙を働いて、カーンのアルバトロスが、坂口、藤波に火を噴いた。

          藤波の故郷での試合であったが、リング上に猪木の姿もなく、淋しい幕切れと
          なった。

 ・ 2月 5日  八戸大会の後、宿の夕食で現地の名物「イカ・ソーメン」に舌鼓をうった。
          藤波「どうやって、食べるの?」

 ・ 2月 7日  蔵前で、猪木が2度目の国際軍団相手の1対3の変則試合をする。この
          日、藤波は坂口と組み、カーン・長州と対戦。藤波と長州が両者フェンス
          アウトになる。

          この「新春黄金シリーズ」から、猪木が会場に詰めかけた少年たちと試合前に
         フリートーキングする試みが行われた。これは行く行くは日本の主要都市に、トレー
         ニング場を兼ねた「精神道場」を作り、闘魂教室を開いて、青少年の教育をすると
         いうもの。参議院議員の野末陳平も賛同し、1月31日にラジオ放送で呼びかけ、
         福生で講演会を開くほどであった。「闘魂教室」の講師には、猪木の他、藤波、タイ
         ガーマスク、さらにはホーガンも予定とされ、7月のIWGP大会後にはスタートすると
         発表された。(「The WRESTLER」誌・16号)

          
 ・ 3月 4日  相模原でビッグファイトシリーズ第1弾開幕。藤波は坂口と組み、マサ・長州
          組と対戦。両軍リングアウトとなる。アブドーラ・タンバが初来日、不思議な
          人気を博す。

 ・ 3月 5日  藤波は前橋でメインの60分3本タッグに出場。藤波の3本勝負は
          特別な場合をのぞき、最後の試合となる。藤波は猪木・木戸と組み、
          相手はアドニス・アレン・パリシーであった。

 ・ 3月10日  宇都宮で、IWGPアジア予選試合。藤波は、キラーカーンと両者リン
          グアウト引き分け。
 ・ 3月20日  鹿児島で、ボブ・オートンとクリス・アダムスが地元の暴力団と
          トラブルを起こし、翌日帰国。
 ・ 3月24日  堺でシリーズ最終戦。、IWGPアジア予選試合。藤波はラッシャー木村と
          一騎打ち。リング中央で足4の字固めを決めで勝利目前、浜口・寺西の
          乱入、藤波の反則勝ち。また、猪木がキラー・カーンに卍固めで勝つ。

 ・ 3月29日  京王プラザホテルで、新間氏桜井氏・竹内氏の共著「リングの目撃者」
          の出版記念パーティが開かれた。、そこで
          藤波・栗栖組とタイガーマスク・藤原組の試合がエキシビションとして
          行われた。試合結果は両軍反則負け。アブドラ・ブッチャーも登場。
           この日、メキシコでは、スポーツ紙に「藤波が5月に来襲」との記事が
          出たという。(「グラン浜田の通信」より)

 ・ 4月 1日  後楽園でビッグファイトシリーズ第2弾開幕。藤波は猪木と組み、
          オーンドーフ・レスリーに勝ち。また、カーンが長州に反則勝ち。

 ・ 4月 3日  藤波は、蔵前で、長州に敗れ、WWFインター防衛に失敗。この試合は
          東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞・年間最高試合」に選ばれる。
          藤波自身も「長州とのベストバウト」という。自分が負けた試合を選ぶ
          ところが藤波らしさか。
          「自分に勝った長州の顔は、うらやましいくらい、輝いていた」と語る。
          この試合で藤波は右膝靱帯を損傷、20日まで欠場。
          この日のメインで猪木がラッシャー木村を破り、IWGPアジアゾーンの
          予選が終了。木村の足がロープにかかっていたが、そのままカウント
          スリーとなった。アジア代表は、猪木とカーンが決勝リーグに出場。
          この日の試合は、4月5日に、2時間枠で特別番組として放映された。

          この当時、藤波の周りは、長州との闘いのことであふれていたという。
          藤波の話。
          「駅、空港、町中のどこでファンに会っても、長州との闘いのことだった。
           昨日の長州戦は残念でしたね、こんどは何時、長州と闘うんですか、
           長州に負けないで下さい!と」
          「この闘いがはじまって以来、長州とはずっと口をきかななった。会うの
           は、リングの上だけ。私生活を含めた闘いだった」。
          
          当時、新日本プロレスで、選手が乗るバスの運転手だった佐藤氏は
          「猪木さんと坂口さんが、藤波と長州とは、本当に仲が悪くて困る」とぼやいていた
          ことを覚えているという。(「田崎健太著「真説・長州力」2015年)


 ・ 4月  日    大会。藤波は足の負傷で欠場。長州・オーンドーフ戦のときに生中継の
           ゲストとして放送席に。足の負傷で注射を20本もうつ治療をしていることを
           話した。(日時・場所が特定できず、調査中)

 ・ 4月21日  藤波は、蔵前で、長州とのリターンマッチ。王座奪回出来ず。
          浜口が勝った長州をたたえる行動にでて、シリーズ終了後に合体。
          この日、前田明が凱旋第1戦、わずか3分半でポールオンドーフに圧勝。

          藤波は、この後「おせわになりました」という内容の「置き手紙」を残して
          「失踪」ということになった。(実況中継による)

          実は、アメリカに渡り、メキシコに転戦。

 ・ 5月 1日  藤波はメキシコで、カネックを破り、「UWA世界ヘビー級選手権」を奪取。
          この後、ニューヨークからロサンゼルス地区に転戦した。

          日本では、5月6日の福岡でIWGP決勝リーグが華々しく開幕。全28戦。
          途中、5月16日に試合をボイコットした長州・浜口が、プロレス界の改革
          を表明。さらに、新日本プロに辞表。幹部会では除名に決定しそうなところ
          を猪木が退社として、以後、フリーの立場に。ヨーロッパ代表になって参加
          の前田の活躍があるが、タイガーマスクが、原作者の暴力事件を考慮して
          改名すると表明。そして、6月2日、蔵前でのIWGP決勝で、猪木がホーガ
          ンに失神KOされ、そのまま西新宿の東京医科大学病院に入院。

          このころ「ワールドプロレスリング」では、
          ◆「失踪した」藤波をハワイでキャッチ、
          という内容で、タイガーマスクとともにトレーニングする藤波が番組に映し出される。
          (5月13日放送の大宮大会の中継で放映)

 ・ 5月 4日  藤波はニューヨーク州・クイーンズ大会に出場。この日より22日までアメリカの
          WWF地区を遠征。

           なお、この遠征には、かおり夫人も同行しての遠征であった。しかし当の藤波は
          「この時は、長州に負けて、新間さんから、少し海外に出てみない?と言われて、
           ああ、俺はいらないんだ」というふうに考えて、落ち込んでいたという。

          遠征中について藤波の話
          「パターソンやスコーランと一緒の車で移動して、俺もたまに運転するんだけど、
           あまり上手じゃないから、お前はいいよ、と言われちゃって(笑)」

         このころ「ワールドプロレスリング」では、
          ◆「失踪した」藤波をハワイでキャッチ、
          という内容で、タイガーマスクとともにトレーニングする藤波が番組に映し出される。
          (5月13日放送の大宮大会の中継で放映)

 ・ 5月 6日  福岡で、IWGP大会が開幕した。

 ・ 5月16日  藤波はロチェスターでレイ・スチーブンスと対戦。反則勝ちをおさめる。

 ・ 5月17日  藤波は白覆面の魔王・ザ・デストロイヤーと対戦。勝ちをおさめる。
          「僕が日本プロレスの新弟子にいたころのトップスターだったし、まさかアメリカ
           で会えるとは、大感激でした。デストロイヤーもご機嫌だったし、その記憶が
           強くて、試合のことは覚えていない(笑)」(2014年「Gスピリッツ」インタビュー)


 ・ 5月29日  藤波はメキシコのエル・トレオで、ソリタリオ・ビジャノ3世と組み、アグアイヨ・
          ワーグナー・フェイス組と対戦。2−1で快勝した。この後、再びアメリカに転戦。

 ・ 6月 2日  日本では、蔵前でIWGP決勝戦が行われ、猪木がホーガンと闘い、アックス・ボンバーが炸裂し、
          場外で失神KO負け。救急車で病院に運ばれたが、病院から失踪し、坂口が「人間不信」と書置きを
          して、行方を告げずにいなくなる。

 ・ 6月 5日  藤波は、アメリカから、三たびメキシコに入り、エル・トレオで浜田と組み、カネック・アグアヨ組と対戦。

           ここで、藤波は、メキシコまで来た山本小鉄に「帰国するよう」説得される。
           これは6月中旬頃という設定で、テレビでの実況中継によって伝えられた。

 ・ 6月12日  藤波は、メキシコのエルトレオで、カネックに破れ、UWA王座防衛に失敗。レフェリーを
          まきこんだ形になり反則負け。これは「地元」の裁定。

 ・ 6月17日  日本では、長州と浜口、マサ斎藤の3人が記者会見。長州はWWFインターのベルトを
          持ったままアメリカ遠征に行くと語り、この後、新日本プロレスに辞表を提出した。


 ・ 6月22日  西伊豆の土肥温泉にて、猪木を除く日本側全選手がキャンプをはり、藤波
          も参加。24日には打ち上げ試合が行われる。
          ○藤波・タイガーマスク(7分52秒・体固め)小林邦・クロネコ×
           ほか、5試合が行われた。


 ・ 7月 1日  後楽園でサマーファイトシリーズ開幕。藤波が参戦。藤波はメインで木村
          と組み、長州・浜口と対戦。両者リングアウト。このシリーズは猪木が欠場
          していることもあり、藤波が全試合メインエベントに登場した(全33戦)
          なお、クロネコが覆面をして出場したが、すぐに素顔に戻る。

 ・ 7月 7日  大阪で藤波は、長州に挑む。帰国しての満を持してのWWFインターのタイトル挑戦。
          16分29秒、フェンスアウトで反則負けとなり、惜しくも王座奪回はならず。
           この試合で藤波は、なんと「おきてやぶりの逆さそり」を決めて満場を驚かせ、喝采を浴びた。
          櫻井さんは「もはや、精神的な闘いの段階に入った」と解説。

          

          この試合を放映した、翌8日の「ワールドプロレスリング」は、24.8%という最高視聴率
          達し、全テレビ番組の中でも第11位になるという記録を作った。ゴールデンタイムでの記録だ
          けに、いかに「プロレスブーム」であったかがうかがえる。
          なお、この日、マードックとブッチャーとの一騎打ちも行われ(無効試合)、タイガーマスクと
          寺西のNWAジュニア選手権試合も行われた(タイガーの防衛)

           藤波「相手の得意技を出す、というのは禁じ手で、ふつうはやりません。
              でも、僕の場合は、相手に合わせて動くというか、そこまでお互いを本気にさせたと
              いうことです。もう、なりふり構わず、長州の得意技だろうが、どんな技を使ってでも
             勝ちたい。それぐらい僕を熱くさせたのが長州でした。」(2015年 当時を振り返って)


          ※このころの「ワールドプロレスリング」は、タイガーマスクと小林邦明との闘いで
             はじまり、藤波と長州との「名勝負数え歌」、そしてメインは猪木が勝つ!という
             構成で放映し、古館アナの実況とも相まって、いわゆる「新日本プロレスブーム」
             を盛り上げていった。


 ・ 7月12日  札幌で、大塚直樹氏の部屋で、小鉄、永源に藤波も集合し、新日本プロレスの経理面に
          ついて会談をもうけたという。大塚氏らは6月30日の株主総会以降なんどか集まっていたが、
          藤波はこの日初めて参加し、今後の新日本プロレスのあり方について話し合ったという。
          なお、藤波の提言で長州はよばれなかったという(大塚氏の話)

 ・ 7月13日  札幌芙蓉カントリー倶楽部でゴルフを楽しむ。藤波の他にはタイガーマスク、永源、
          小鉄が参加。「アントニオ猪木杯」という名称が使われていたが、詳細は不明。

 ・ 7月20日  旭川総合体育館大会。メインで藤波は坂口・木村健と組み、長州・浜口・戸口組
          と対戦。藤波が雪崩式のブレーンバスターから戸口にフォール勝ち。

 ・ 7月25日  「ライバルをつくれ!そして勝て!」(藤波辰巳著)がベースボールマガジン社
          より出版される。

 ・ 7月28日  週刊プロレス創刊号が発売された。表紙はタイガーマスク。藤波の記事としては
          「決着つくか8/4蔵前。藤波vs長州の男の意地」が掲載された。

 ・ 7月29日  富山大会での試合後、山本小鉄・藤波・永源・大塚・佐山・コンチャが会合を持ち
           「猪木・坂口・新間を経営トップから外し、新会社を興す」と意思確認がなされたという。



 ・ 8月 4日  蔵前でシリーズ最終戦。藤波は、乱闘の末、長州を破り、WWFインター選手権
          を奪回。リングアウト勝ちであって、ピンフォールでないことから、その場でタイトル
          返上を申し入れるも、認められず。またタイガーマスクが寺西の挑戦を退ける。
          タイガーマスクの新リングネームが後日発表されると宣言された。

           このシリーズは猪木不在のため、藤波が実質エースとして連戦。連日の長州との
          激戦に加え、興行成績にも神経をとがらせた。ストレス解消にゴルフが効果的だった
          という。
           藤波「広いグリーンを回ると、スカッとした気分になるよ」

          

 ・ 8月11日 タイガーマスクが突如、引退を表明。翌日、保持するタイトルを返上。          

 ・ 8月12日  カナダ遠征。メンバーは猪木、藤波、高田、浜口、小林。カルガリーで藤波は
          ドン・コロフに勝つ。翌13日にはカルガリーでブレッド・ハートに勝つ。
           なお、猪木は8月20日に帰国。

 ・ 8月20日  堺市の「ニューパリー」で、藤波後援会による「藤波辰巳を励ます会」が開かれる。
          後援会の発足3周年や、長州戦の勝利を祝って、かおり夫人や、夫人の両親、大阪
          府会議員、ファン180名が集った。

 ・ 8月21日  ダイエー大宮店で、「新日本スペシャル」が開催され、猪木、藤波、前田らが参加。
          サイン会やトレーニングなどでファンとの交流をはかった。なお、この日、坂口、新間は
          NWA総会に出席。坂口は25日、新間は24日帰国。

 ・ 8月25日 臨時の緊急役員会議が開かれ、 いわゆる「新日クーデター」で新間寿氏辞任。
          猪木、坂口を社長、副社長から退任させ、新間氏を退社に追い込んだ。

          アントンハイセルの負債が新日本プロレスに影を落とすきっかけの事件。
          藤波と山本小鉄が首謀者と言われるが、藤波は否定している。

          この事件は、猪木、坂口、新間の留守中に起きたことで、巷間伝えられるところによると
          「タイガーマスクとともに新団体を設立しようとした山本小鉄と藤波だったが、タイガーが
          引退したことにより、社内クーデターに乗り換え、新間に退陣を迫る。この結果、猪木が
          社長を辞任し、新間は謹慎となる。翌日、坂口も副社長辞任。」

          また「新日本プロレスの収益と、アントンハイセルとの分離を目指したもの」という説もある。

          
 ・ 8月26日  大宮でブラディファイトシリーズ開幕。メインで藤波は前田と組んで、マードック・
          レスりー組と対戦。藤波がサソリ固めでレスリーに勝つ。サソリ固めを藤波が
          決まり手とするのははじめて。この日、ヘラクレス・ローンホークが木戸と対戦。
           この日、猪木は控室で怒声をあげるなど、大荒れであったという。(昨日の事件につて)

 ・ 8月28日  田園コロシアムで、猪木が復活。6月2日のホーガン戦以来の試合。ラッシャー木村に
          卍固めで勝つ。猪木は勝利後「おまえら、こざかしいことをせず、堂々と俺にかかってこい!」
          と言い放つ。このマイクアピールがクーデターを指すことは明白。
           試合の方では、この日の猪木復活は試合前から大きく扱われ「猪木復活の魔法の杖は何か」
          と注目された。
           なお、この日、藤波は前田と組み長州・浜口組に勝つ。

 ・ 8月29日  山本小鉄、テレビ朝日からの望月氏、大塚氏の3人によるトロイカ代表取締役体制が発足。

 ・ 9月 2日  博多で藤波は長州と一騎打ち。両者リングアウトによりタイトル初防衛。この裁定に不服を
          申し立て、返上。タイトルはコミッショナーではなく、猪木あずかりとなる。

           この試合の特別レフェリーとして猪木が登場したが、開始前に維新軍の暴行を受け負傷。
          猪木は場外で試合を見守ったが、引き分け後も暴れる長州に対し、鉄拳制裁を加えた。
          テレビ解説席では、猪木を襲ったことについて、櫻井さんが「維新軍の暴挙」と興奮し、古館アナ
          と解説の小鉄をあわてさせた。
           櫻井「こういうことをやるようじゃ、維新軍なんてかっこつけてますが、見方をかえますよ」
           なお、この試合前の両者のインタビューは、当時の両者の気持ちが如実にあらわれている。
           長州「俺の闘いの原点は、ジェラシーだよ。すばらしいレスラー藤波へのジェラシーだ」
           藤波「何がやきもちなのか知らないが、反対に、やきもちを焼かれるぐらいになってみろ」

 ・ 9月 6日  この日発売の「週刊プロレス」(第7号)の欄外記事に「藤波辰巳も見ているテレビガイド」として
          9月7日に放映される「テレビシティ・最新版結婚情報最前線・これでお嫁にゆける!」が紹介さ
          れた。本当に藤波辰巳が見ているかは不明。

 ・ 9月 8日  長崎県諫早大会。 この日、猪木は大塚氏をホテルに呼び出し、いわゆる「クーデター」について
          問いただした。そのときに猪木は「全部、藤波から聞いている」と言ったという。
                                   (2014年出版「新日本プロレス10大事件の真相」宝島社ムックより)

 ・ 9月 9日  熊本のデパートにて藤波サイン会を開催。平日の昼間のため、母親層の質問に、いつもとは
          勝手がちがった様子であった。この夜の熊本大会では、藤波は前田と組み、木村・寺西組と対戦。
          藤波と木村が両者フェンスアウト。メインで猪木がカーンを相手に優位に勝つも、維新軍が乱入。
          藤波と前田が救出に入った。
          

 ・ 9月10日  宇部で、藤波はローンホークと対戦。わずか5分弱で勝つ。ローンホークは新日本のプロ
          レスについてゆけず、19日に途中帰国するが、その前にアメリカ大使館に助けを求めてい
          たといわれる。

 ・ 9月16日  埼玉県吉川町大会。セミの藤波・前田組と長州・カーン組のタッグは、入場時に
          前田が袋叩きにあい戦闘不能で控え室に。猪木がセコンドの高田に張り手を見舞
          って代役に抜擢し、試合を開始させれも、長州のラリアートで高田が沈んだ。この日
          メイン登場の猪木は、浜口に原爆固めを決めて勝利。猪木の原爆は2年ぶり。

 ・ 9月21日  藤波は、大阪で長州と特別試合で対戦。両者リングアウトとなる。藤波と長州が、タイトル
          を越えた闘いをしたいと、真っ向からぶつかった名勝負であった。(当時の二人の熱き闘いをgifアニメで
          なお、 この日、猪木は木村を一方的にいたぶり凄惨なKO勝ち。

           このころの一連の長州との闘いについて、藤波は「最初は訳がわからなかったのですが、だんだん、
           「なんでこいつに邪魔されなければならないのか」思い始めました。長州が出現して、ちょうど横

           入ったような感じですね。すると、試合を重ねていくうちに、どんどん気持ちが入っていく。
           長州とはトータルで3年近く抗争を続けるわけですが、彼との試合を通じて、本当の意味での
           「ヘビー級レスラーになれた」ような気がします
(2015年)

 ・ 9月22日  シリーズ最終戦。試合の前に、西友福生店で藤波・前田のサイン会が開かれる。藤波は猪木
          と組み、メインでマードック・セントクレアーに快勝。

 ・ 9月28日  テレビ朝日で「番組対抗ウルトラ料理大賞」が放映された。藤波はじめ坂口、前田、木村、藤原らが
          出演し、料理に挑戦した。藤波は「リンゴ皮むきコンテスト」で優勝。

 ・10月 4日  この日発売の「週刊プロレス」(第11号)の欄外記事に「藤波辰巳も見ているテレビガイド」として
          10月5日に放映される映画「スターウォーズ」が紹介された。本当に藤波辰巳が見ているかは不明。

 ・10月 7日  後楽園で闘魂シリーズが開幕。4日に帰国していた谷津が革命軍入りを表明し、このシリ
           ーズから参戦。藤波は猪木と組み、長州・浜口組と対戦し、反則勝ち。
           なお、このシリーズから、長州らは「維新軍団」を名乗り、新日から完全独立となる。

 ・10月初旬  スタンハンセンが「パルコ」のコマーシャルに出演して話題となる。放映は1日から20日まで。
          撮影は東京の夢の島で9月8日に行われた。

 ・10月11日  大田区体育館大会。藤波はメインで猪木・前田と組み、長州・浜口・谷津組と対戦。長州の
          ラリアットを猪木がかわし、浜口に直撃した後、大混乱となり無効試合となった。
           藤波は「思い出すと、懐かしくて泣けてくる(笑)」と旗揚げ第1戦の会場を思い出すコメントも。
 ・10月21日  沖縄・那覇奥武山大会で、藤波は浜口と一騎打ち。サソリ固めを決め、浜口をギブアップさせる
          寸前、姿を見せた長州を追ってリング外に行き、リングアウト負け。

 ・10月25日  富士市吉原大会。この日は藤波がサイン会を前田とともに開催。ファンサービスに努める
          とともに、パンフレットの売り上げに協力した。
 ・10月26日  この日から、上田馬之助が出演するテレビ番組「お笑いサドンデス」が放映開始。
          上田はレギュラー出演し、審査員の一員として、とぼけた味を醸し出していた。
           ビート・たけしの数ある番組の中でもいまや伝説となっている不思議な番組であった。

 ・11月 1日  臨時株主総会が開かれ、猪木が社長に、坂口が副社長に復帰、テレビ朝日からの出向の岡部氏
          永里氏が取締役副社長、専務に就任して、新体制となる。
           この復帰の裏には、テレビ朝日の代表取締役三浦甲子二氏の「鶴の一声」があったという。

 ・11月 3日  シリーズ最終戦。蔵前で正規軍と維新軍との4対4対決が行われる。試合前にリングで、
          綱引きで対戦相手を決めた。坂口は浜口をフェンスから放りだして反則負け、前田は長州に
          サソリ固めを決められ、ギブアップせず、レフェリーストップで負け。続く藤波はキラー・カーン
          と対戦。カーンのにぶい動きに首4の字攻撃や雪崩式ブレーンバスターで攻めたが、カーンが
          藤波の足を場外から引っぱって、逃げの両者リングアウトで引き分け。最後は猪木が谷津を
          延髄斬りでほおむったが、戦績は維新軍の2勝1敗1分け。
           この日、コブラがバンビートとNWAジュニア選手権決定戦を闘い、タイトルを獲得する。コブラが、
          派手な演出で登場すると、バンビートが覆面を取り、デイビーボーイ・スミスとして闘い、コブラは
          随所で技を失敗するなど、薄氷の勝利だった。テレビ中継は、あまりのコブラのしょっぱさに、
          試合途中でスロービデオ映像を取り入れるなど苦労をしたが、結局は逆効果におわった。
           藤波「本当は、長州とやりたかった。カーンとの試合は、少し気後れしたかもしれない」

 ・11月10日  新日本プロレス道場で、藤波は前田とともに、「サソリ弓矢固め」の練習を記者に公開。

 ・11月18日  後楽園で第4回MSGタッグリーグ開幕。この日のエキシビションマッチ(5分)で、藤波は前田
          と組み、アンドレ・スエードハンセン組と対戦。なお、この日唯一の公式戦、猪木・ホーガン組
          は、カーン・戸口組みに反則負けで波乱の開幕となった。
 ・11月21日  仙台・宮城県営スポーツセンター大会。藤波・前田組は、ワンツ・ブリッジ組と公式戦。藤波が
          ブリッジにバックドロップからフォール勝ち。この日、前座第一試合でのファイト内容がふがいない
          と、猪木の指示を受けた藤原が、試合中の後藤をホオキでめった打ち、試合終了後も、控え室
          前で、猪木が後藤を張り手で殴り飛ばした。

 ・11月22日  この日発売の「週刊プロレス」第18号の表紙に、藤波と猪木とのタッグ戦の写真が採用された。
          また、この号では、「藤波が新兵器・サソリ弓矢固めを完成」として風呂場でVサインをする藤波
          の写真のほか、10日の練習模様が掲載された。なお、この新しい技について、藤波は同誌20
          号で、「目下練習中だが、どうも、いまいちだね」と語っており、完成はしていないと思われる。

 ・11月25日  高崎で、MSGタッグリーグ公式戦。藤波・前田組は、前田がアンドレにつぶされ敗退。猪木・
          ホーガン組も、猪木が、アドニスにリングアウト負け。
 ・11月27日  長野県の松本城を訪れる。このときの写真が「週プロ25号」(84年1.24号)の表紙に使われた。

 ・12月 1日  大阪から飛行機で熊本入り。藤波と前田は熊本の弁当屋さんのコマーシャルを、熊本大会の
          リングの上で撮影。この日、藤波・前田組は、坂口・木村組と公式戦。藤波組の勝ち。

 ・12月 2日  鹿児島でリーグ公式戦。藤波・前田組は長州・浜口組と対戦。30分時間切れ引き分け。
          内容的にタッグリーグ戦の名勝負として残るものとなった。
           この試合中に、藤波は新兵器の「さそり弓矢固め」を長州に見舞った。
 ・12月 4日  鹿児島・鹿屋市大会で、藤波・前田組は、マードック・アドニス組と公式戦。アドニスが
          前田をフェンス外に放りだして反則勝ち。
          
 ・12月 7日  高松で藤波・前田組は猪木・ホーガン組と、リーグ公式戦。前田がホーガンのアックスボンバー
          にやられ敗退。

 ・12月 8日  蔵前でリーグ決勝戦。猪木・ホーガン組がマードック・アドニス組を破り2度目の優勝を決めた。
          藤波「リーグ戦は、最高の出来。(笑) 前田には自由にやらせた。思い出の試合は、鹿児島での長州組
              との対戦。自分がもっと詰めにもってゆかなければならなかったけれど、思うようにならなかった」
          前田「まじめすぎました。タッグプレーにこだわりすぎたというか・・・」
           この日のセミで、藤波・前田・木村組は、長州・浜口・谷津組と対戦。藤波は谷津にサソリ弓矢固め
          を決め、ギブアップ寸前まで追い込んだ。最後は両軍入り乱れての場外での乱闘。

 ・12月11日  熱海でプロモーター表彰式が行われ、猪木、坂口、藤波のほか営業部の社員が参加、忘年会と
          親睦会を兼ねたた宴会となった。

 ・12月15日  大阪ABCホールでテレビ番組「三枝の国盗りゲーム」の収録が行われ、藤波夫妻が出演した。
          藤波はクイズに正解して得られる県を二人にゆかりのある「大分県、大阪府」から盗り始めた。
          放映は84年の正月5日。
          藤波「僕にぴったりのクイズですね。天下を盗ってきます」
          

 ・12月17日  猪木・藤波・高田がカナダに遠征。藤波は19日、バンクーバーでコブラと組み、スミス組と対戦。
          藤波は赤いタイツを着用。試合は両者リングアウト。
          18日にはロスアンゼルスでのホーガンの結婚式に猪木が列席した。

 ・12月中旬  雑誌「モモコ」(84年1月号)に藤波辰巳が紹介された。浜田範子、菊池桃子、荻野目洋子らの
          グラビアが目立つがその中でも異彩を放っていた。

          なお、
          12月20日には、タモリの「笑っていいとも!」に長州が出演。田中リングアナも登場した。
          また、この年のプロレスブームを反映して「力道山・奮戦録」などの番組も制作された。




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