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 ドラゴン大年表 

  昭和57年(1982年) ヘビー級に転向し飛龍十番勝負に悩む。タイトル獲得も、長州が反乱。(さらに詳しく更新中!2019cacao86


●昭和57年(1982年)  28歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
試合・大会関連  タイトルマッチ  トピックス 主なエピソードなど
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス
1月1日
   

元日決戦。 この年は、なんと元日から後楽園で、4大タイトルマッチを中心にした新年の大会。、

          藤波は「ヘビー級の証明」「飛龍十番勝負」の第1戦として、ボブ・バックランドのWWFヘビー級に挑戦。
         積極的に攻め込むも、最後は一瞬の「逆さ押さえ込み」に敗れる。
          試合中盤の突然の勝敗決定に両者とも納得せず、特にバックランドは勝利したにも関わらず
          執拗な抗議をする不思議な展開に。テレビの生中継ということもあり、後味の悪い結果になった。
          そのあとの、メインでは猪木とボックが対戦、ボックの暴走により猪木の反則勝ち。

          タイガーマスクとキッドの試合も疑惑のカウントにより後味が悪く、この日は観客の不満が解消されないものばかりだった。

          どう見ても、テレビの生放送にあわせたような進行もあって、観客の大多数は消化不良で帰宅。
        今後の展開に黒雲が漂ったといえる。
          なお、カール・ゴッチが試合に登場して、藤原を原爆固めで破った。

          猪木は「今年はプロレスの原点に返る年、IWGP元年とします」と。

          新間氏の挨拶のあと、豪華選手によるサインボール投げが行われた。
          猪木、藤波、タイガー、藤原、ラッシャー木村、寺西をはじめ日本側精鋭選手に、
          カールゴッチ、ローランボック、ダイナマイトキッド、ボブバックランドが一列に並んで、豪華すぎる面々で、サインボールを投げ入れた。
          どうみても、キッドの投げ入れ方は、速すぎるよ!、

      ◆1982年1月1日 後楽園ホール 
        ▼WWFヘビー級選手権60分1本勝負
        ○ボブ・バックランド(12分36秒・逆さ押さえ込み)藤波×
          
1月4日  東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞・最優秀タッグ賞」を猪木と藤波のコンビで受賞。
 1月15日   姫路で猪木・藤波・長州組対、ブッチャー・アレン・ジョーンズ組の6人タッグマッチ。(後の長州造反の時と同じメンバーである。)
  1対1のあと、両軍入り乱れての無効試合となった。
 1月20日   ニューヨークを訪れていた新間営業本部長が「NWAもIWGPに協力」と語り、報道された。また「NWAヘビー級タイトルに藤波が挑戦」という報道もあったが、実現しなかった。
 1月31日
 東京スポーツ社の「藤波と闘わせたい飛龍十番勝負」ファン投票が締め切られる。結果は以下の通り。
         1位はマスカラス、以下、ジャンボ鶴田、リック・フレアーであった。当時としては実現が難しい相手が多いのが、ファンの夢を語っている。

          ◆東京スポーツ社のファン投票(昭和57年1月31日しめ切り)
           飛龍十番勝負・藤波と闘わせたい選手」より

                      第1位 ミル・マスカラス    19211票
                      第2位 ジャンボ鶴田      10822
                      第3位 リック・フレアー     8002
                      第4位 アントニオ猪木      7424
                      第5位 ハルク・ホーガン     5188
                      第6位 カール・ゴッチ      2215
                      第7位 スタン・ハンセン     1909
                      第8位 アンドレ・ジャイアント  1772
                      第9位 ボブ・バックランド    1558
                      第10位 リッキー・スチムボート  1481
                      次点 ニック・ボックウインクル  1477

 2月9日  大阪府立で、新春黄金シリーズの第26戦。
 猪木に挑戦を表明していたモハメド・ハシムがエキシビションでローズン・ブルーと対戦。試合内容から、お話にならず帰国。
 2月14日  メキシコ遠征。メキシコ市で藤波は猪木と組み、アグアイヨ・ブッチャー組と対戦。全日本時代以来のお馴染みの「フォーク」攻撃をブッチャーが見せ、藤波が額を裂かれる。
    なお、この試合で、藤波はブッチャーに激しくやられたものの、試合後に、興奮した観客がブッチャーに襲い掛かった際には、ブッチャーを救出にむかったというエピソードがある。
 2月20日  メキシコで藤波は浜田・ソリタリオと組み、フェース・クロネコ・オロ組と対戦。勝つ。
 2月27日   愛知県の寛水流空手本部道場の落成式がおこなわれ、猪木・坂口・藤波・新間氏が出席。
 また、この日から、3月1日まで韓国に遠征。藤波・星野・木村・前田らが出場。27日釜山。28日済州。1日ソウル。
 3月5日  横浜で第5回MSGシリーズ第1戦。藤波はトニー・アトラスと一騎打ち。藤波は、アトラスの怪力に手こずり、なんとか両者リングアウト引き分けに持ち込んだ。
 3月6日  東京大田区体育館で新日本プロレス10周年興行。猪木・藤波・木戸がタッグを組んだ。
 
記念の6人タッグマッチは、
マードックの強さにアトラスの怪力が加わって、日本組は意外に苦戦をした。試合前のセレモニーには、なんと元猪木夫人の賠償美津子がサプライズで登場した。

 ▼60分一本勝負タッグ
  猪木・藤波・木戸(2−1)マードック・アトラス・オハノン
 3月12日  後楽園で、藤波の飛龍十番勝負第2戦で、ハルク・ホーガンに挑むも敗れる。
 ▼飛龍十番勝負第2戦・60分1本勝負
  ○ホーガン(9分57秒・片エビ固め)藤波×
 3月19日  藤波は鹿児島で猪木と一騎打ち。熱戦を展開するも、エプロンカウントアウトで敗れる。
 3月26日   藤波は広島でキラー・カーンと一騎打ち。お互いに持てる技を出し尽くし、30分時間切れの名勝負となった。
 4月 1日   第5回MSGシリーズ決勝戦で、アンドレがキラー・カーンを破り優勝。
 藤波は坂口と共に、カーンのセコンドにつき、必死に応援する。この日藤波は長州と組み、マードック・ローデス組と闘うが、長州が子供扱いされ敗れる。
4月 5日 アラブ首長国連邦(ドバイ)に遠征。藤波は、キッド、長州、マードックと対戦し、それぞれ勝ちをおさめる。
 4月 21日   蔵前で「難民義援金募集チャリティ特別試合」興行。藤波は、「飛龍十番勝負第3戦」でブッチャーにいどむも、敗れる。

 この日、ブラックタイガー(マーク・ロコ)が初来日し、タイガーマスクと引き分ける。猪木が初来日のジェシー・ベンチュラに勝つ。

          ※藤波はこのビッグファイトシリーズでは、連日6人タッグやタッグでの
           登場。ヘビー級に転向したものの、ヘビー級の壁はかなり厚い。
           猪木の体調もおもわしくなく、藤波の疲労もかなりのものと思われる。
 6月 6日  猪木がブラジルに入り、アントン・ハイセルの工場の竣工式に出席。17日に帰国。
これがその後の新日本プロレスの行く末を危うくしたアントン・ハイセルの端緒となった。
 6月18日  蔵前でサマーファイトシリーズ開幕。藤波は、飛龍十番勝負第4戦でカネックと両者リングアウト。
 当初、ジェシーベンチュラとの対戦の予定であったが、来日中止となったため、カネック戦となった。

 メインに登場の猪木は初対決のスコット・マギーをわずか97秒で仕留めてしまった。
 この日の記者会見で、引き抜きの継続と、藤波・鶴田戦がなければ全日との対抗戦は行わない、などが、新間氏から発表された。

          このころ、ホーガンが映画「ロッキー3」に出演。 「一番」Tシャツが流行。
 7月 6日  大阪での飛龍十番勝負第5戦で、藤波はマードックに反則勝ち。
          これが、飛龍十番勝負での初勝利となる。
 7月 8日  横須賀でシリーズ最終戦。藤波は猪木・ホーガンと組み、ジャイアント・カネック・マードック組と対戦。勝利。
 7月16日  中間でサマーファイトシリーズ第2弾が開幕。このシリーズは、猪木が内蔵疾患のため全休。藤波は連日、坂口や谷津と組んでのメイン登場。
 8月 5日  蔵前での飛龍十番勝負第6戦で、藤波はバックランドにWWFヘビー級選手権をかけて挑戦するも、回転足折り固めで敗れる。これにより、通算成績は、1勝4敗1分けとする。
 8月 6日  メキシコ遠征中の長州が、カネックに勝ち、UWA世界ヘビー級王座を奪取。
 長州は9月26日にカネックに奪回されるまで、スコルピオ、コロセッティらの挑戦を受け、4度防衛をした。これが後の「俺だってチャンピオンだ」という長州の発言につながる。
 8月27日  後楽園でブラディファイトシリーズが開幕。藤波はタイガーマスクと組み、ブラックタイガー・ロバーツ組と対戦。藤波が鮮やかな回転足折り固めでロバーツをフォール。
藤波とタイガーマスクは、29日の田園コロシアムでの試合後、渡米。
なお、内臓疾患で前シリーズを全休した猪木が、この日復帰戦を行った。
 8月31日  藤波はMSGでジノ・ブリットを破り「WWFインターヘビー級選手権」を奪取。初のヘビー級のタイトルを獲得した。この日、タイガーマスクもダイナマイト・キッドを破り、タイトル防衛。

  #8月31日 ニューヨーク・マジソンスクエアガーデン
 ▼WWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合60分1本勝負
   ○藤波(12分39秒・体固め)ジノブリット×  ※藤波が王座奪取。
 9月21日  大阪で藤波は、マスクド・スーパースターの挑戦を受け、逆さ押さえ込みで破る。これがWWFインター王座初防衛。
ただし、試合内容はそれほど印象的なものではなく、ヘビー級の試合らしい内容とはいえなかった。
 ◆9月21日 大阪・大阪府立体育会館
 ▼WWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合60分1本勝負
   ○藤波(14分34秒・逆さ押さえ込み)スーパースター×  ※藤波が王座防衛

 なお、この日猪木はラッシャー木村と髪切りマッチ。敗れた木村が逃走したため、観客が騒ぎ、新間本部長が坊主になる宣言。
 10月 8日  ●後楽園で闘魂シリーズの開幕戦。いわゆる「長州の反逆」の開始。

          6人タッグマッチ出場の長州が、突如、藤波に宣戦布告をした。

          この日のメインの6人タッグで、猪木・藤波・長州組で登場した長州が、リングに向かう時から何やら叫んでいたが、藤波とのタッチを拒否。ふたりは、やがて、ブッチャーら相手外人を無視して殴り合いに発展した。

          長州がマイク・アピール。
          「おまえがチャンピオンなら、俺だってチャンピオンだ。どこが違うっていうんだ!」が
          マスコミによって報道されると、いわゆる「かませ犬」発言となった。

           

          長州が脚光を浴びるきっかけになった試合。藤波と長州が仲間割れをしているため、猪木が外人組に攻められ、解説の桜井さんは、「これで、猪木クンがやられたら(長州と藤波は)減給ものですな」と笑っていた場面も。
 なお、試合そのものは、藤波が回転エビ固めでジョーンズを丸め込んでの勝利。

★視点
       この長州の反乱以降、プロレスはさらにブームになって行くが、後ののミスター高橋の
          著作によると、この反乱は、猪木を含めた会社の会議により決定されたものであったという。
          このことは、キラー・カーンの新聞記事インタビューでも、「身体の小さい長州・藤波を光らせる
          ため、猪木さんが日本人対決を会議で決めた」という記述がある。


            また「俺は藤波の、かませ犬じゃない」という長州の名台詞についても、リング上では言っていないし、
          映像にも残っていない。どこで発言したか、ということに興味を持って調査してみても、はっきりと記した
         ものは一切なく、ぎりぎりのところで、「リングを降りて、階段のところで「かませ犬」発言があった」という記述
         が、最大限好意的に書かれたものであって、いわば、マスコミが書いた(書かされた?)ものと推測される。

            後年、長州は「ふりかえる」ビデオの編集の中で、「俺、そんなこと言ったっけ?」と不機嫌に発言を
          したり、「俺は、言ってないよ。マスコミがつくったんだろう」とトークで暴露的発言をし、司会者をあわてさせた。
          (この件は、司会者のあわてぶりに、すぐ「言ったかもしんない」と苦笑して、終わらせている)

          2015年の「真説・長州力」では 新間氏は「俺が(試合中の)リングに入ったのは、はじめてだよ。
           吉田の力は凄いもんだったね。」と、自身が長州に投げ飛ばされた話をして、「仲間割れについては
           断じて知らなかった」との発言を載せている。
          ただ、同時に「なぜ、小鉄が入っていかないの」と、暗に「小鉄は知っていたかのような」記述がある。

          上井は前日(7日)に京王プラザホテルで講演会があったおり、長州と話す機会があり、その際、
          長州は「俺は藤波の前に(リング紹介で)呼ばれるっていうんだよ。俺がどれだけメキシコで苦労して
          来たか、知っているか!」と苦労話をはじめ、非常に怒っていたという。

          藤波へのインタビューで、この事件のことをあらかじめ知っていたのか?という問いに対して
         「僕は、知らない。そんなことがあったとしても、知りたくもない!」と答えている。


            まあ、いずれにせよ、この方針を当時の、団体と一体化した「プロレス・マスコミ」が大きく取り上げて、
          プロレスブームの推進役となり、われわれを楽しませてくれたという事実は間違いない。


        ※なお、平成になって長州は「ジェラシーだよ」と発言。それに対して藤波は「やきもちだよ」と。
        藤波は「体重がある」ということを、「目方がある」と発言するし、意外と古風(!)cacao86

       ちなみに、この試合開始直前、恒例のサインボール投げのときに、藤波が冗談で長州にサインボールをぶつけたら、
       長州が激怒したという、ちょっとしたエピソードもあった。
 10月22日   ●広島で、藤波と長州との一騎打ち
 技と技の真っ向勝負になり、最後こそ収拾がつかなくなったが、名勝負を展開。
   

 試合結果は、ノーコンテストに。猪木が飛び込んできて、おいしいところをさらっていった。
  試合後も組み合う両者。

  試合後のリング上で藤波が「インタビューなんかしてる場合じゃない!」と答える。

  連日闘う藤波に対し、長州は10月8日以来の試合。これは、シリーズを通して闘って来た藤波とは立場も違う。
  この試合は、当初藤波の持つ「WWFインター選手権」の予定が、遺恨を持っていては良い試合にならないという判断で、ノンタイトル戦になった。

  ▼60分1本勝負
   × 藤波(20分34秒・無効試合)長州 ×

  ※なお、よく、この試合を「両者の感情ばかりが先だって、まともな試合にならなかった」という評があるが、おそらくそういう評者は
  この試合そのものを観戦していない。
  この試合は、両者とも全力で当たっていて、見るものを興奮させる、いわゆる「名勝負数え唄」の始まりであった。
 11月 4日  ●蔵前で、シリーズ最終戦。藤波は満を持しての、長州と一騎打ち
  技と技のぶつかりあいに、大歓声の沸き起こる好勝負であったが、最後は、一瞬のフェンスアウトで藤波の反則勝ち。
  この試合で「WWFインタータイトル」の2回目の防衛となった。だが、正直、この試合にはタイトルはかけなくても充分魅了させるものがあった。
 WWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合60分1本勝負
   ○藤波(12分8秒・反則勝ち)長州×  ※藤波が王座防衛

 また、この日、猪木は国際軍団3人(ラッシャー木村・浜口・寺西)を相手にしたが、寺西・浜口と勝利を得たが、ラッシャー木村にリングアウト負けとなり、この試合のルールにより新国際軍団の勝ちとなった。レフェリーの山本小鉄が、再三乱入する国際の選手をタックルで防ぎ、喝采を浴びるなど、レフェリーがすばらしく目立った試合。
 11月19日  横浜で第3回MSGタッグリーグ開幕。藤波はリーグ公式戦で坂口と組み、アドニス・ブラボー組と対戦。藤波が回転エビ固めでアドニスを破る。また猪木・ホーガン組が、アンドレ・レネグレイ組みに勝つ。
 11月30日  名古屋でMSGタッグ公式戦。藤波・坂口組と猪木・ホーガン組との対戦。猪木に照準を絞って、坂口も藤波も積極的に攻める。坂口は弓矢固めまで猪木に決めた。そのたびにホーガンが飛び込んで、せっかくの試合の流れを壊してしまう。結局、猪木の返し技からタッチを受けたホーガンが、これしかできないアックスボンバーを坂口に決め、敗れてしまった。ホーガンの若さが目立った試合。
 12月 3日  いわき市で、藤波はカネックとの一騎打ち。関節技と空中殺法の交錯する渋い闘いになった。
藤波と同様、カネックもヘビー級になり、アルゼンチンバックブリーカーまで繰り出す。ジュニアヘビー級の当時とはまた趣が違う名勝負であった。最後はバックドロップから藤波の勝利。カネックは、本当に藤波の相手として印象に残る選手だ。

 リーグ公式戦で、アンドレ・グレイ組とマードック・スーパースター組の対戦。レフェリーがレッドシューズ・ドゥーガンという(リング上全員外人)異色の試合が実現。さすがにアンドレ組は強い。
 12月10日  蔵前でリーグ決勝戦。猪木・ホーガン組が、キラーカーン・戸口組を下して優勝。
 12月13日  京王プラザホテルで木村健吾が挙式。藤波も祝福にかけつける。
 12月19日  後楽園ホールで「チャリティーフェスティバル」興行。藤波が木村健吾を破り、WWFインター3度目の防衛を果たす。
 WWFインターナショナル・ヘビー級選手権試合60分1本勝負
   ○藤波(18分49秒・体固め)木村健×  ※藤波が王座防衛
 12月年末   藤波、テレビ朝日の中庭での新日選手による「もちつき」に参加。
  この様子は、「アフタヌーンショウ」で紹介される。
  アナが、「タイガーマスクさん、日本語わかる?」とか「日本語うまくなった」とか、藤波も苦笑い。
 笑えるエピソードが満載だった。
 12月年末   藤波は、テレビ朝日系の「オールスター・スポーツ選手歌謡大賞」に出演。
   「みちづれ」を熱唱。歌い終わった後「一番長い日がおわりました」と感想。
      藤波「きめた〜きめた〜、お前とみちづれにぃ〜♪」
          桂三枝「決めた〜決めた〜。決まりましたね!」

 審査員には猪木がいて、「藤波には「ざぶとん」というあだ名がある。いつも、敷かれっぱなし。だはは」と評し、絶好調。

 なお、荒川真も座頭市で熱演。若手が殺陣で投げ飛ばされての応援をした。
          桂三枝「若手の皆さん、先輩のために、がまんしてください」
     だはは。     



 


 


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