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●藤波vs猪木
 「レフェリー・ルーテーズ、ついにストップ!」

▼1985年(昭和60年)9月19日 東京・東京体育館
  60分一本勝負
  ○猪木(35分29秒・レフェリーストップ)藤波×



「折れ!折れ!折れ!この野郎。うわあぁぁ」 

▼試合経過▼

  敬意を示して猪木が入るロープを持ち上げて猪木をいれた藤波。ふたりだけの真の勝負が始まる。新日本プロレスを支える2人の闘い。8時1分、ついに試合開始のゴングがなった。


  グラウンドの攻防、バックの取り合いから、ブリッジの応酬。猪木のインディアン・デスロック、そこから地獄固めに移行した。久々に見せる鎌固めに、藤波は苦しむ。なんとか脱出すると、いきなり猪木の頬を張った。これはまだまだ浅い。猪木が、リバースのスープレックスを見せ、ダブルブリッジの攻防へ。

 藤波は逆さ押さえ込みに。カウントは2だ。カウントが入ったのがこのときだけ。あとはひたすら二人のスタミナの耐久レースだ。何回か狙っていた藤波の弓矢固めが決まった。しかし、猪木はするりと抜けると、左腕をとって、腕ひしぎ。首4の字と藤波を攻め込む。
  こうして、師弟対決は黙々と進み、20分が経過した。藤波のドロップキック、さらに猪木流のアリキック3連発。特に2発目は強烈に決まった。そして、一気にサソリ固め。

猪木の足をしめあげる。これは態勢充分。1分経過。耐える猪木・・・。

しかし、ギブアップしそうにない猪木に、業を煮やして、藤波は足4の字固めに移行。

 ここから藤波の執拗な足攻撃が続く。ここいちばんに見せる藤波の足4の字固めだ。猪木も返してゆく。しかし、藤波がまた戻す。
足4の字が決まって、5分経過。その前のサソリ固めからは6分になる。
 猪木の足が折れてしまいそう。必死にのぞきこむ、特別レフェリー、ルー・テーズ。4の字固め。
 「折れ!折れ!折れ! この野郎!うわあぁ」

  猪木のうめき声が響く。必死に「括」を入れる猪木。
 猪木が必死にロープに逃れる。しかし、足を持ってリング中央にひきづりまわし、また足4の字地獄。その繰り返しに、息を呑む観衆・・・。身体を反転させ、なんとか足4の字地獄から逃れた猪木。ロープから場外のリングしたに転倒した。無理もない。6分以上も、藤波の足4の固めで絞め上げられていたのだから。
 
 30分過ぎ、藤波が勝負に出た。ドロップキックから延髄斬り。
 しかし、これを身体を低くしてかわした猪木。こんどは、猪木が元祖・延髄斬りからロープに交錯。藤波がラリアート。そして延髄斬りから原爆固めを狙う。だが猪木はすばやく後ろに回って、逆に原爆固め。カウント2だ。猪木、こんどは、ニードロップを狙って、コーナートップに駆け上がる。すかさず、雪崩式ブレーンバスターを狙う藤波。ところが、猪木は、パンチを振り下ろし、藤波転落。猪木がブレーンバスターを狙う。これを藤波が空中で返し、逆にフルネルソンから、一気にドラゴンスープレックス!

 決まったかに見えたが、手がはずれた。藤波の身体が崩れていく。呆然とする藤波。猪木をロープに振る。反動で返えりながら猪木、ナックルパート。するするっと藤波の身体に巻きつき、卍固め。必死に耐え、全身で振りほどく藤波。場内唖然。猪木の卍を振り切ってしまったのだ。だが、猪木が再び卍固め。これまたなんとか、逃げた。ロープまで、からみついた猪木の身体ごと歩いて行く藤波。だが、3度目の卍固めが決まったとき、もう動けない藤波。猪木が藤波の体を起こして、完璧に卍が決まる。これを見て、レフェリー、ル−・テーズがストップを命じた。

▼試合について▼

 一瞬、場内が静まり返った。「延長コール」が起きそうな雰囲気に。次の瞬間、上田馬之助が乱入。この師弟対決の余韻を壊さないでくれ。ファンが願った瞬間、握手をかわす上田。藤波に、そして猪木に握手。あのまだら狼までも感動させた試合。闘う者も、見る者も、ジーンと熱くなった名勝負。延長コールは起きずに、消えた。これはあの上田の最高の「仕事」だった。

 連日のマシン軍団や若松マネージャーとの抗争、こういうものとは全く違った次元の闘い。
新日本プロレスに残った者が一致団結していかなければいけない時期に、あえて、2枚看板である二人が闘った。
 藤波にとっても、過去の猪木戦とは比較にならないくらいの重みをこの試合は持っていた。
 リング上で抱き合う両者。
 新日本プロレスを、もう一度、その原点に戻そうという、両者の「信頼回復」の試合だった。


●試合前の談話
 藤波「猪木さん。僕の目とヒザを狙ってください」
 猪木「そういうことを発言すること自体、甘い!」

●試合後の談話

 藤波「この気持ちをわかってください。いまの新日本で猪木さんと背中合わせに闘ってきて・・・、猪木さんの足を折ったら、会社は、どうなってしまうんですか」
 猪木「勝敗は、紙一重。藤波の立場でいえば、彼は新日本プロレスが、もっと安定した状態の中で、俺と闘いたかったはず。今度は、もっと万全な時にやりたい」
 
 レフェリー・ルーテーズ「これがニュージャパンのスタイルだ。最後のレフェリーストップは、これ以上やらせたら藤波の右肩がクラッシュする、と言ったが、骨が折れるとか、失明するとか、そういったことではなく、レフェリーストップにすべき時だったんだ。足4の字固めは、シュートにはない技だが、あの試合の4の字固めは、明らかにシュートだった。チェーンも金網もない、本当のデスマッチだった。猪木にも藤波にも、私は嫉妬を感じる」

 藤波「猪木さんに4の字をかけているとき、僕は必死に猪木さんのシューズの先をつかんでいた。そのときについた猪木さんのシューズの黒い色が、手にこびりついてしまったんです。石けんで洗っても落ちないんです。よっぽど強く握っていたんですね。試合後、ファンを見たら、目頭を押さえている人がいたんだ。皆、顔を紅潮させて、それを見たら、またこみ上げてくるものがありました」


(追記)○藤波さんの、当時を振り返って (2010年11月「猪木50周年」藤波インタビューより)

 藤波「あれはねえ、僕が勝っても不思議じゃないんだよ。若さ的にはね。どこかに、背負っているものが新日本プロレスっていうひとつの柱を、お互いに背中合わせになって、敵から守っていたわけだから・・・。」 
 −−−でも、猪木さんはあえて、「折れっ」て叫んでましたけど・・・。
 藤波「そう言われたって、折れるわけないじゃないですか(苦笑) そういう状況ですよ」




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ラバーソウルみなみ

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