藤波さんエピソード

ニュースター・藤波の証明
ドラゴンファンのつどい
78.7.29

若いファンが多いのも、藤波さんの特長でした。
そして、全国に「藤波ファンクラブ」ができ、ついには
ご本人を招いての
ファンクラブの会員のつどいまで行われました。

凱旋帰国の年の ファンクラブのつどいの様子を
週刊「ファイト」が伝えてくれました。


昭和53年7月29日。
藤波選手のファンクラブ主催、ファンとの集い
ニュースター・藤波の証明」 (週刊ファイト 昭和53年8月8日号記事より抜粋)



マニアックスの山口雄介君の司会で、ドラゴン藤波ファンの集いが、高田馬場駅前のビッグボックス9階
のゴールドルームで2時から開かれた。


藤波選手を囲んでの集いには約50人のファンが詰めかけ。その中の半数は女性。
藤波選手が新しいプロレス界のニュースターであることをはっきり証明している。


ファンの質問コーナーより

質問 ドラゴンスープレックスは受け身がとれなくて危険と言われていますが、藤波さんは平気なのですか。(女性)
藤波 相手のことですか?  自分のこと。
    おでこがマットにあたりますが、相手はもっと危険なのですよ。

質問 私、2日前の日本武道界で、プラカードを持っていたのですが、覚えていますか。(女性)
藤波 残念ですが、覚えていませんね。(一同大爆笑)

質問 剛竜馬の挑戦を受けられたのですが。彼の印象については?
藤波 体重を落として挑戦してきたことには、僕は大変感謝しています。久しぶりの日本人との対戦
でしたが、剛さんは若いし、スピードもあり手応えがありました。ああいった挑戦者なら何回でもやり
たいですね。

質問 アメリカにいる佐藤昭夫が挑戦してきたら受けて立ちますか?
藤波 もちろん逃げたりしません。(拍手)



質問 ドラゴンロケットは、怖いことありませんか? また失敗した経験は?(女性)
藤波 あまり良い気持ちではありませんね。やるたびに寿命が3年縮まります。(笑)

    メキシコではよく失敗しました。ロープに足を引っ掛けてリングの下に落ちるのですが、   
    向こうはマットを敷いていないので、本当に痛いです。たとえうまくドラゴンロケットが
    決まっても、椅子の間に入ったり、頭を打ったり、大変ですよ。



質問 藤波さん。結婚したんだって?(笑)
藤波 内緒です。(編集部注・藤波選手はれっきとした独身です)

質問 レスラーになろうとした、きっかけはなんですか?
藤波 僕は力道山が死んだとき、小学3年生で、力道山のイメージは無いんです。
    中学の時、猪木さんのイメージにあこがれて決心しました。僕は今でも熱烈な猪木
    さんのファンの一人です。(拍手)


質問 マスカラスは、メキシコで英雄と聞いていますが、実際に対戦してみてどう思われましたか?
藤波 マスカラスは確かにメキシコでは英雄です。メキシコにはNWA系と、フローレンス系の二派にわ
かれていますが、エルサントさんとマスカラスだけは別格で、二人とも両派に出場しています。マスカラ
スとはシングルで3度対戦して、タッグでコンビを組んだこともありますが、返し技などがうまかったです。


質問 2日前の試合に勝った後、皆に担がれながら控室に戻りましたが、どんな気持ちでしたか。?
藤波 リングに登場するときは、自分の力で登りたいが、勝った後、担がれて祝福されるのはいいもの
ですね。

質問 ジャンボ鶴田と対戦したら勝つ自信はありますか?
藤波 勝つ自信は無いけど、負けない自信はあります。(拍手)



このあと突然ドアが開いて剛竜馬が登場した。

殴り込みかと一瞬、びっくりしたら、じつは日本武道館で
良い試合ができた剛が、直々に藤波にお礼を言いにきたのだった。

これには50人のファンも、ポカンとあっけにとられながら、それでも拍手で迎え、
藤波も、「リングの上では、敵でも、リング外では、別にいがみあう必要もない。」と
さわやかなところを見せ、この会の雰囲気をさらに盛り上げる結果となった。


このあとは、第二部の8ミリの上映に移った。

今日の出し物は、藤波選手を中心としたもので、マジソンでの試合を含め、数々の名場面が映し出された。
マスクドカナディアン、マイクジョーンズ、坂口戦そして剛戦がスクリーンに移り、藤波の大技が出るたびに、
盛大な拍手の祭典となった。

特に2日前の剛戦は2階席からとったもので、テレビとはまた別の印象が残り、さらに感激を新たにすること
になった。

藤波選手も上映後、「うまいなー! 非常に参考になりました。」と
改めて自分のプロレスを客観的に見られたことを素直に喜んでいた。

そして最後に、「私も剛さんと同じく、ロサンゼルスに渡り1試合、それからメキシコに渡り、4試合をやったあと、
ハワイによって16日ごろ日本に帰ってきます」と、ファンに今後の活躍を誓った。

いずれにしてもこの日の集いは、ファンとレスラーの交流に新しい1ページを開き、大成功を収めた。
やはりこうしたものには、優れた頭脳と練られた企画力が、貴重なかぎを握っているようだ。


                         週刊ファイト 昭和53年8月8日号 より

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