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      藤波さんエピソード

藤波さん、ジャンボ鶴田の遺志を応援する
2001年(平成13年)7月25日(水)  新潟日報「社会面」

●子ども対象の移植推進要望!
 昨年フィリピンで肝移植手術を受け、出血多量のため死亡したプロレスラー・
ジャンボ鶴田さん(本名・鶴田友美さん)の妻、保子さん(43)と新日本プロレス
の藤波辰爾社長(48)らが24日、厚生労働省を訪れ、子どもを対象にした国内
での臓器移植の推進を国に要望した。

 保子さんは臓器移植の普及を願っていたジャンボ鶴田さんの遺志を継ぎ、
鶴田さんが生前設立した「ジャンボ鶴田基金」の代表として、外国で脳死移植
を受ける人々を支援している。

藤波さんは、全日本プロレスに所属していた鶴田さんと直接対決する機会はな
かったが、「最大の良きライバル」(藤波さん)として、試合会場に同基金の募金
箱を置くなど協力してきた。

同省の担当者に要望書を手渡した後、保子さんは「国内で臓器移植ができず、
無念の思いで亡くなっていく実情を知ってもらいたい」と述べ、藤波さんは
「鶴田さんの遺志をリングの上から応援していきたい」とはなしていた。

●関連●2000年11月16日 産経新聞

新日本プロレスが来年一月の東京ドーム大会で、選手らが臓器移植支援を
呼び掛け、会場にジャンボ鶴田基金の募金箱を置くことになった。
新日本プロレスは、大会後も継続的に協力をしていくという。

 鶴田さんが所属していたのは、故ジャイアント馬場さんがつくった団体である
全日本プロレス。一方の新日本プロレスはアントニオ猪木さんが創設。二人の
ライバル関係を引き継いだ両団体は長年、“敵対関係”にあった。

 ライバルとはいえ、新日本プロレスの藤波辰爾社長(四六)と鶴田さんとは同
世代レスラー。新日本プロレス関係者は「社長は鶴田さんの死を知って、臓器移
植を日本でも普及させたいと考えたようです」と、タッグを組み臓器移植支援のリ
ングに上がる決意を示している。

 「これまで(両団体に)接点がなかったので、主人は天国で苦笑いしているでしょう。
微力ですが一生続けたい」。強い援軍を受けた保子さんは、こう話している。

2000年11月16日 産経新聞


ラバーソウルみなみ

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