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      藤波さんエピソード

ドラゴン藤波、中近東へ
1994.6.19

●テレビ番組「砂漠紀行」が放映された


「感動エクスプレス・藤波辰爾の熱情砂漠紀行〜炎熱のシナイ半島4000年ロードを行く」
という長い(笑)タイトルの番組が放映された。
藤波は各地をレポーターとして旅する。
この番組の旅は、藤波が闘病生活中に思った「モーゼの歩いた道を、俺も歩いて見たい」という
ところから始まった。4月中旬に日本を出発し、シナイ半島からイスラエルへと旅を続けた。
(途中で、福岡ドームなどに参戦のため一時帰国)

ベドウイン(遊牧民)と共に生活をし、苛酷な砂漠を旅する。

藤波「物質面では日本が豊かも知れないが、精神面ではこちらの生活のほうが、はるかに上ですよ」

藤波辰巳の自己再発見の紀行であった。

週刊プロレス1994.6.28号(618号)

産経新聞 1994年06月09日
プロレスラーの藤波、リポーターに初挑戦 フジ・関西系「感動エクスプレス」


 プロレスラーの藤波辰爾が、マットを離れて砂漠へ−フジ・関西系「感動エクスプレス・藤波辰爾の熱情砂漠紀行〜炎熱のシナイ半島4000年ロードを行く」(十九日後4・05)は、藤波が自ら“未知の挑戦者”を求めて臨んだ旅のドキュメントだ

 ベテランレスラーの藤波が、この番組でリポーターに初挑戦した理由は、新日本プロレスのスターとして君臨してきた彼が、ここ二、三年の間に体験した“天国と地獄”の人生があってのものだといえそうだ。

 藤波は三年前に腰を痛めて一年半の闘病生活を送った後、奇跡的にマットにカムバックしたが、えたいの知れない不安に陥っていたときに今回の初リポーターの仕事を持ちかけられたのだった。

 番組の内容が、その昔、モーゼがたどった“十戒の道”を行く紀行ドキュメントと聞いた彼は、「モーゼが歩いた砂漠の道を一人で歩きながら自分を再確認したい」と決心。この四月、炎熱のシナイ半島に向かって旅立ち、まずは遊牧民族・ベドウィンのテント村へ。

 ベドウィン族との生活の中で「精神的な面での豊かさ」を知った後、厳しいシナイ山の登山に挑戦した彼は「山が高くなって周りを眺める余裕が出てきたころに、後ろから追いかけられるような気持ちになった」と、自分のプロレス人生に重ね合わせるような感想を話しているが、まな娘の運動会を挟んで一時帰国した福岡ドームでのタイトマッチでは、わずか六分で惨敗してしまったのだった。

 失意の中で再びベドウィンの村に戻り、その後、モーゼもたどり着けなかった世界三大宗教の聖地・エルサレムを訪れた彼が、一心に祈り続ける教徒たちの姿を見ながら感じたものは何だったのか−。

 人生は戦いの連続であるというが“強さ”に象徴されるマット人生を選んだ男ならではの哀歓と説得力が随所に感じられるロードドキュメントだ。

◆砂漠紀行に感動

 フジ・関西のみの感動エクスプレス「藤波辰爾の熱情砂漠紀行・炎熱のシナイ半島4000年ロードを行く」を見た。

 プロレスラーの藤波さんがエジプトからイスラエルへと旅する様子は現地の人との交流もあって感動的でした。砂漠でオアシスの滝を見付けて顔を洗うシーン、死海で巨体の藤波さんが浮かぶシーンなど、いずれも臨場感いっぱい。

 中近東は私たち日本人にとってはあこがれの地。藤波さんが私たちにかわって体験してくださって、身近かに感じました。絶対に行きたい!と思いました。

 (京都府宇治市 主婦 山路恭子)  産経新聞6.27読者のコーナー

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ラバーソウルみなみ

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