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      藤波さんエピソード

ウィルヘルム・ディートリッヒ
本誌「プロレス」1983年8月号「藤波辰巳の忘れ得ぬ仲間」

●ウィルヘルム・ディートリッヒ
彼に試合で半殺しにされてストロングスタイルに目覚めた。
あの男のことは、いまでもよく憶えているよ。名前は、ウィルヘルム・デートリッヒ。はじめて海外修行にいたっとき、
手合わせしたレスラーだよ。 僕が木戸さんと、西ドイツにわたったのは50年の6月。会社が出来て3年め。「カール
ゴッチ杯」で優勝して、そのご褒美が海外遠征だったんです。ゴッチさんの紹介で、プロモーターのグストル・カイザー
氏を訪ね、到着した翌日から試合。それもボンを皮切りに、ミュンヘン、ベルリンなど、連日休みなし。その第1戦で対
戦したのが、デートリッヒなんですよ。身長は191センチで、130キロ。それにくらべ、僕は186センチ、85キロ弱。
もちろん横綱とフンドシ担ぎの感じで、勝負になるもんですか。巨体の割には動きもいいし、技も豊富で、切れもいい。
それでも、僕はドロップキックの連続でヤツをぶったおし、ヘッドシザースからがっちりとキーロックを決め、必死に攻めた。
けど、ヤツはびくともしない。

筋肉隆々、スタミナはもりもりなのに、試合は1ラウンド3分のラウンド制でしょう。だから僕がいくら力の限り攻めてまくっ
ても、もう一歩というところでゴングが鳴る。後で聞いたところ、西ドイツで指折りのアマチュアレスラーで、東京オリンピッ
クに出場したという話でしたが、バックドロップなんかも腰が低いし、なにしろ速いから、仕掛けられたら一巻の終わり。
ゴッチさんにしろ、ローラン・ボックにしろ技の一つ一つが「凶器」でしょう。話には聞いていたけど、さすが「本場」と、デート
リッヒとの対戦で、それをじっくり味わわせてもらいました。試合が終わりホテルに帰ってからも、バックドロップで頭を強打
したせいか、なんとなくボヤーッとして、かなりショックも大きかったですね。

でも、このデートリッヒとはその後サーキットも一緒で、木戸さんと一緒に、よく飯をご馳走になったり、ドイツ語を教えても
らったり、「日本人は勤勉家で好きだ」とよく面倒を見てもらいました。ヤツに半殺しのめにあったおかげで、「プロレスを
やるなら、ストロングスタイルだ」と目覚めたことでウィルヘルム・デートリッヒの名前は、いまも僕の頭に鮮明に残って
います。

ラバーソウルみなみ

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