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      藤波さんエピソード

猪木、日本プロレスから追放決定。
欠場の貼り紙を寂しそうに見る藤波

●猪木欠場の貼り紙を見つめる藤波

昭和46年12月9日 大阪府立体育会館 
 
「猪木は病気で欠場します」という「おわび」が入り口に張りだされた。

このころ、実は、猪木は「会社乗っ取りを企てた」という理由で
ほぼ「猪木の追放」は決定されていた。
(12月12日に除名が決定された)

「欠場」の猪木のかわりに、坂口が世界選手権への挑戦をするとある。

このとき猪木は28歳、そのつけ人・若手の藤波は17歳

なお、この日、藤波自身は佐藤昭夫と対戦し、
 10分55秒逆エビ固めで敗れている。

      ゴング8月号増刊 昭和57年8月15日発行 
日本スポーツ出版社より  


ラバーソウルみなみ

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