トップ > ドラゴン大年表 >2005
ドラゴン大年表

 ドラゴン大年表 

  平成17年(2005年)  


●平成17年(2005年)  51歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
試合・大会関連  タイトルマッチ  トピックス 主なエピソードなど
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス
リンク

リンクや
関連記事の紹介
試合データ
いろいろデータ
です
1月4日 東京ドームで「闘魂祭り」大会が開催された。猪木の提唱する「アルティメットロワイヤル」も行わ
          れ、ウオーターマンが優勝。また、長州や小島も参戦した。藤波は目立った動きはなし。


 ・ 1月 4日  東京ドームで「闘魂祭り」大会が開催された。猪木の提唱する「アルティメットロワイヤル」も行わ
          れ、ウオーターマンが優勝。また、長州や小島も参戦した。藤波は目立った動きはなし。

 ・ 1月17日  藤波は、ライガーとともに、埼玉県の荒川土手で、プロレス運輸のコマーシャル撮り。ライガーが
           「ブラックホール軍に引っ越してもらいます」と勧誘。藤波は「現役復帰となれば腰も軽くなるし、
           何が起こるか分からないよ」と発言。

 ・ 1月28日  札幌テイセンホールの「無我」大会で、公開練習を披露。竹村とのスパーリング中、CTUのメン
           バーが乱入、邪道を追い払うも、ライガーが挑発。そこに蝶野がリングにあがり、藤波に耳打ち
           すると、そのままリングを後にした。竹村の挨拶で始まり、鈴木みのるの参戦と、「本当のプロレ
           ス」を見せるはずの「無我」大会は、藤波が、蝶野からの勧誘に動揺を見せるなど「謎かけ」もある
           不思議な大会で、本来の「無我」とは似ても似つかぬものとなってしまった。
             藤波「今日は、何もない」

 ・ 1月29日  この日のニッカンスポーツ紙に「藤波、3月に復帰」と報道される。
             藤波「器用じゃないから、社長時代はレスラーとの二足のわらじは履けなかった。もう1度
                 レスラーとして花を咲かせたい。実戦の方はもう少し待ってください。3月くらいには
                 と思っている

 ・ 1月30日  札幌月寒ドーム大会で、蝶野が鈴木みのるとタッグを組み、試合後、藤波をリング下まで呼び
          込んだ。わき上がるドラゴンコールの中、藤波は西村に止められ控え室に戻ったという。
             蝶野「新日本を支え続けてきた男がいる。ミスター新日本、藤波辰爾!上がってくれ」
             蝶野「あんたの気持ちは、もうリングにあるんだろ!? オレらはいつでも待ってる。
                 今日が藤波辰爾のカムバックのスタートだ!!」(デイリースポーツより)


 ・ 2月 2日  この日のデイリースポーツに、「藤波BH軍へ」と報道される。
             藤波「オレなりの行動をするつもり。自分の思いを伝えたい。本隊への宣戦布告?新日本へ
                の、かもしれないね。両国?その前になるかもしれない」

 ・ 2月 5日  プロレス運輸の社長と共に、藤波とライガーが共同記者会見。藤波の「ドラゴンパック」などの
           企画が発表された。

 ・ 3月 1日  藤波の復帰戦が26日の両国大会に決定。記者会見では「三沢と対戦したい」と希望をぶちあげた。
          藤波にとって、三沢は、「対戦のかなわなかったジャンボ鶴田のにおいのする」選手。
          この希望に対し、翌日、三沢は、「大変光栄なことですし、名前を出してもらったのはうれしい」と感謝の
          意を表したが、夢カード実現には「自分もそうだがブランク明けは調子が上がらないことがある」と明言を
          避け、慎重な態度であった。 結局、復帰の対戦相手は、西村となった。

 ・ 3月13日  愛知県大会のリング上で、3月26日の復帰に向けての激励の花束を受けた。
          藤波の挨拶「久しぶりのリングの感触、いいですね! リングの上で、汗をかきたくなりました」

 ・ 3月17日  インターネット上のサイトコラム「藤波宣言」(第30回)の番組を収録。1年4ヶ月ぶりのインタビュー
          は、この26日の復帰戦、三沢戦、橋本について、かなり早口のドラゴントークだった。

 ・ 3月23日  藤波と西村が記者会見で、26日の試合への抱負を語った。
          この中で西村は「95年に藤波さんの無我に共感し、今日に至っている。藤波さんが現場を離れて
          居る間、無我を引っぱってきた自負もある。その方向性を試し、リング上で会話したい.。藤波さんは
          プロレス界の世界遺産です」と語ったが、ファンは「無我」の自負ということには微妙な違和感ももった。          
          藤波は「コンデションは最悪だが、胸を借りるつもりで」と大人の対応。


 ・ 3月26日  両国大会で、復帰戦。西村と第一試合の15分、時間切れ引き分け。西村の得意な倒立を
          藤波がみせるなど、「最悪のコンディション」の中でも、最善を尽くし、コブラツイスト合戦の中、時間切れ。
          これが、実に812日ぶりの復帰となった。

          この試合に藤波は、「ライジング」で入場。レフェリーはクロネコと、「無我」ワールドが展開された。
          週刊誌紙はこぞってこの試合を絶賛し、特にGK氏やターザン山本氏は「この大会のベスト」とまで
          言い切る。

           藤波「どうにか西村についていきました。15分はやってみると長かった。あと何試合かしないと
               感触は取り戻せない。これからは35年間のレスラー人生の集大成としたい。今日は
               ありがとうございました。西村、ありがとう」

           この試合の前には左手中指を亀裂骨折、右肩の古傷が再発、腸炎まで併発するという最悪の
           コンディションであったことが、試合後語られた。

 ・ 3月30日  藤波が記者会見で、次期シリーズのうち、2大会に参戦することを発表した。また、3月26日の試合に
          ついて「足がもつれていた」とも。また、「高気圧酸素治療器を試し、中指の亀裂骨折も、テーピングをする
           だけで試合に臨めたのも、その効果があったからかもしれない」と談話を発表した。
          この高気圧酸素治療器は、2002年のワールドカップでベッカムが使用したものと同じことから、藤波の
          「ベッカム式治療法」とも報道された。

 ・ 3月31日  坂口CEOが辞任する記者会見を開く。今後は相談役として新日本プロレスに関わるかたわら、後身の
          指導と、長年の夢であった道場の開設にも当たってゆくという。

 ・ 4月23日  四日市大会に参戦。第4試合の20分一本勝負6人タッグに出場した。
             ○真壁・柳澤・マシン(12分24秒・エビ固め)藤波・飯塚・サムライ×

 ・ 4月24日 大阪府立大会に出場。若い中嶋を相手にシングルマッチ。飛龍裸絞めで勝利した。
             ○藤波(3分59秒・飛龍裸絞め)中嶋×

          新人相手にじっくりと相手を努めることができたはずだが、藤波は、試合よりも、
           「こんな空席でリングにあがったことはない」と、新日本プロレスをとりまく状況に危機感を
          募らせていた。
          

 ・ 4月28日  5月14日のドーム大会の記者会見で、藤波は、自らのパートナーをNOAHの三沢社長と発表した。
           対戦相手の蝶野も絶句。蝶野のパートナーは「X」と発表された。(後日、ライガーと決定)

 ・ 5月11日  この日発売の、年齢限定CDマガジン「30−35」の第2号で、特集「人生とは闘いである」の中の
          「プロレス黄金時代」と題したインタビュー記事に、長州とともに登場。藤波は「純プロレスの良心と
           してマット界の中心に腰をすえる藤波」と紹介された。

 ・ 5月14日  東京ドーム大会のメインで、藤波は三沢と組み、蝶野・ライガー組に勝つ。この試合中に、
          藤波は、三沢とのダブルドロップキックや、ライガーへコーナートップからの雪崩式ブレーンバスター
          も披露し、観客を大いに沸かせ、「近年まれに見る動きの良さ」と評された。
           また、ドラゴンロケットはライガーに読まれ阻止されたものの、直後に場外への体当たりも出すという
          活躍ぶりであった。三沢はこの日、ノアの大会に出場してのダブルヘッダーとなり、タイツも着替えず
          入場。敵コーナーの蝶野もリングイン時、ロープをあげて三沢を迎え入れて、敬意を示した。

          藤波の入場時は、まず「ラデツキー行進曲」がながれ、場内を「おや?(ニューテーマ?)」などと
          想わせ、すぐに、「ライジング」に移行。そして、三沢の「スパルタンX]が流れる、と、入場シーンだけでも
          魅せるものがあった。
             ○藤波・三沢(14分49秒・グランド式あばら折り)蝶野・ライガー×

          藤波「最初は緊張したけど、余裕を持って楽しもうと思った。大きいね、三沢選手は。これだけ長いことやっていれば、
                アイコンタクトで何となくできるよね。背中にすごい視線を感じていたよ。(三沢の)会場入りが遅れたことも不安はなかった。
                打ち合わせる必要もないしね。今も隣りでドンと構えて、馬場さんの魂をついでいるんだと思う。今後、ノアのリングに上がる
                ことに対して、思い悩んでも仕方がない。『動くこと』でこれまでやり残したことをやっていきたい。コンデションを整えて・・・。
                これから第二弾、三弾と期待して下さい。今日はその第一弾です!」


             
三沢「相手よりパートナーに緊張したのは、はじめて。少年時代に戻ったような気分。憧れの選手と組んでみて、自分もそれだけ
                 の選手になったんだと実感した。 試合中も見入ってしまいました。」


 ・ 5月19日  週刊プロレスの企画で、藤波と棚橋の対談が実現した。この時の担当記者によると、藤波の3不思議に入るほど
           藤波が冷淡(に見え)、棚橋は冷や汗、まったく対談が盛り上がらず、苦労したたという。
                       貴重な、ふたりのこの笑顔

 ・ 5月      プロレス運輸のCMに出演。ライガーが引っ越しの荷物を運び、最後に藤波がその荷物の中から
           登場するもの。また、小学生が「ひっこしするなら、プロレス運輸♪」と歌いながら行くバージョンも
           ある。(こちらは、トラックの助手席でにんまりする藤波) 9月まで放映された。
            ※「プロレス運輸」の映像のあるページにリンク
           

 ・ 5月26日  株主総会で、猪木の義理の息子、サイモン・ケリー・猪木氏が社長に就任。藤波は取締役として
          役員に名を連ねた。
           
 ・ 5月30日  物流・トラック業界の業界紙「物流ウイークリー」(5月30日号)に、「プロレス運輸」の記事が掲載され、
          その中で、藤波の談話や、ライガーに人気ぶりが紹介された。
             藤波「最初は、プロレス運輸なんて受けねらいのネーミングかと思った」
                「プロレスを見て、元気が出たとか勇気が沸いたという声をよく聞く。今はそうした形でプロレスが
                 評価されている。だからプロレス運輸にはすごく期待していますよ」

 ・ 6月初旬  イタリアのサッカー選手、デルピエロが新日本プロレスに来社、藤波や木村健吾と交流した。
           藤波のドラゴンスリーパーを受けたり、木村健吾からタイガーマスクをプレゼントされたりして、
            新日本ファンであることを強調していた。(この様子は、11日深夜の「ワールドプロレスリング」で
           紹介された)

            藤波「どうやって、コンディションをつくっていくのですか?」
            デルピエロ「基本が大事、基本がしっかりしていれば、スピードもモチベーションもあがってくる」

            藤波「こんなの、サッカーファンに怒られちゃうよ」(デルピエロに飛龍裸絞めを決めて)
            

 ・ 6月17日  都内でのトークショウで、藤波は「昨日はユーミンのライヴに行った。自分も引いている場合ではない」
          と、G1への出場希望を表明し、本格的な復帰は近いと感じさせた。

 ・ 6月18日  京都大会に、藤波が突如参戦。名前が発表されると、大歓声とドラゴンコールが起こった。
          ○西村・藤波・金本(13分52秒・逆さ押さえ込み)蝶野・後藤洋・稔×


 ・ 7月 3日  中国を訪れていた藤波が帰国。新日本の中国への進出を目的に、近い将来の選手派遣協力、中国での
          興行開催について、中国側から前向きな返答を得たという。(これは、さすがに、未詳)


 ・ 7月 9日  藤波は、岐阜大会に出場。棚橋・中邑とトリオを組み、マシン・真壁・矢野組と対戦。いきなりの、トリプル
          ドロップキックを見せて主導権を握った藤波チーム。最後はトリプルの飛龍裸絞めで決着。
           ○藤波・棚橋・中邑(14分46秒・飛龍裸絞め)真壁・矢野・マシン×

                      バックステージの藤波は「花を持たせてもらった。年寄りの扱いを心得てる」と満面の笑み。
                             棚橋は「初めて組んだことを心に刻みたい。藤波さんも岐阜でデビューしてるし、そこで
                             僕が生まれてタッグを組んだのにも運命を感じます」と、感動を隠さなかった。
                                                       (デイリースポーツより)

 ・ 7月 9日  藤波は、記者のインタビューに答え、G1の出場について、「まずは予選7試合完走?問題はそこよ。
          決勝トーナメントに残ってこそ価値がある」と語り、決意を新たにした。

 ・ 7月15日  脳幹出血で死去した橋本選手の通夜式に藤波も出席。遺族席に座る。
            藤波「私が社長のころに、彼は団体を出て行った。もっと新日本に置いておくべきだったと、後悔ばかり」
               「彼の復帰戦の相手をしてあげたかった。太く短くの生き方もいいが、限度があるだろ」

 ・ 7月16日  橋本選手の告別式が横浜で行われた。藤波の他、坂口相談役をはじめ、武藤、蝶野、小川直也、川田
           前田、高田、上井氏ら、団体枠を超えた参列者で、総勢2万人を数えた。


 ・ 7月18日  藤波は、札幌・月寒大会に参戦。なんと、蝶野からフォールを奪って勝利。
          ○藤波・西村(11分8秒・後方回転エビ固め)ウォーターマン・蝶野×


 ・ 8月 4日  この日、福岡国際で、G1クライマックス開幕。藤波は、カシンと公式戦。
           カシンが入場時に「マッチョ・ドラゴン(歌入り)」を使用。ガウンにも藤波を愚弄する文句を書くなど
           徹底して盛り上げるも、怒りのドラゴンが「ライジング」で入場し、試合内容では終始余裕で、
           飛龍竜巻投げや、猫だまし殺法も出して、最後はグランド式あばら折りで、勝利を収めた。
             カシン「藤波さんは、天才」

             この試合は、実況生中継されていたが、カシンの入場時、あの独特なリズムでファンはすぐに
               マッチョ・ドラゴンのイントロとわかったが、実況アナは「さあ、カシンの新しいテーマ曲でしょうか?」
                とやって、笑いを誘った。
 また、カシンの藤波を愚弄することばは、いずれも「紙のプロレス」誌で
               藤波社長時代にネタとして、同誌でさんざん使用されたもので、目新しいものでもなかったが、
               同誌を知らない多くのプロレスファンには、意外に新鮮なものにうつったかもしれない。

    ※これ以降のG1での戦績(結果のみ)

    ◆8月 4日 福岡・福岡国際センター
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○藤波(4分50秒・グランド式あばら折り)カシン×

    ◆8月 6日 大阪・大阪府立体育会館
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○川田(12分3秒・片エビ固め)藤波×
       ※試合後、川田から握手を求める。
       
川田「リング上で握手するのは嫌いだが、プロレスラーになったきっかけを
           つくってくれた藤波さんは別。敬意を表して」


    ◆8月 7日 大阪・大阪府立体育会館
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○永田(9分37秒・岩石落とし固め)藤波×
      
※永田「数年前に藤波さんのお宅で、ナガタロックのかけ方をお子さんに教えた。
          今日はそれをかけられたから痛かった(笑)」


    ◆8月 8日 神奈川・横浜文化体育館
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○藤波(10分17秒・エビ固め)鈴木みのる×
       
鈴木「藤波さんは勝ちに行けよ!。藤波さんの、私にはキャリアがあります。
           今日はこれで勘弁して下さいってのは、気に入らない。ホノルルマラソンじゃ
           ないんだから、参加するだけじゃ意義がない。」


    ◆8月10日 静岡・ツインメッセ静岡
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○西村(11分29秒・巻き込み式前方回転エビ固め)藤波×

    ◆8月11日 愛知・愛知県体育館
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○天山(12分49秒・片エビ固め)藤波×

    ◆8月13日 東京・両国国技館
     ▼公式リーグ戦30分一本勝負
     ○蝶野(11分19秒・片エビ固め)藤波×


         藤波「僕は、猪木さんの背中を見て、ずっと追い求めて来た」

 ・ 9月2日  この日、藤波は、愛知県で開催されている「愛☆地球博」を訪れる。スタッフに
         案内されて、ドラゴンスリーパーの写真パネル(サイン入り)を残す。
         このパネルは、藤波ファンである団員によって、長久手愛知県館のアトラクション
         「地球タイヘン講演会」の楽屋に据えられ閉幕まじかの劇団員をおおいに励まして
         いたという。
         万博で、人気第1位を誇るライブパフォーマンスを、ドラゴンが勇気づけていた。。

               夜は、宮城県スポーツセンター大会。藤波はタイガーマスクと組み、ライガー・
         サスケ組と対戦。先発のタイガーとサスケ、みちのくプロでの対戦以来のいい動き
         を見せ、これに藤波もライガーも呼応した。藤波とサスケは初顔合わせ。ライガーが
         荒っぽい攻撃や急所蹴りを藤波に。これには場内大ブーイング。二人がかりで藤波の
         左足を絞り、さらに藤波の顔面をかきむしる。この場内の大「ドラゴンコール」の中、
         4人入り乱れて場外へ。さらに場外トペ合戦。リング内で、藤波がライガーを飛龍裸絞め
         に決めた。藤波もジュニアヘビー級に戻ったような動きのドリームマッチで、入退場とも
         「ドラゴンスープレックス」のテーマが鳴り響いた。
          サムライチャンネルで、実況生中継された。

         ○藤波・タイガーマスク(13分26秒・飛龍裸絞め)サスケ・ライガー×



 ・9月14日 和歌山県の岩出町大会に出場。天山・鈴木みのる組と対戦。パートナーの西村が天山に敗れる。

 ・9月15日 田辺市大会に出場。藤波は西村、それに天山と組み、鈴木みのる、ハングマン、ハーリースミス
         組と対戦。最後は藤波がハングマンに飛龍裸絞めで勝利。

 ・10月8日  東京ドーム大会。藤波は西村と組み、長州、石井組と対戦。8分ほどで、西村が石井に足4の字を
         決めて勝利。まともな試合としては、藤波・西村とも、長州とは最後の対戦となった。(当時)
           藤波「今日は、テンションがあがる前に、試合が終わった。遺恨を残すとか言う以前の問題」

          なお、前日、長州が現場監督に復帰するということに関して藤波は「それぐらいのことをしないと新日本は
         変わらない」と発言した。これについては「冗談半分に脳天気なことを言ったが、今は、それでいいん
         ですか? っていう気分」と憮然とし、3年半前に批判して退社していった長州が戻ってくることについて
         「オレは全く答えるつもりはない」と言葉を荒げた。

 ・10月22日 闘魂シリーズの別府大会に藤波は西村と組み、蝶野・天山組と対戦。蝶野が西村にシャイニング
          ケンカキックを決めて勝利。20分近い熱闘に終止符を打った。試合後、10日から現場監督に復帰
          した長州が蝶野たちと激論。

 ・10月23日  長崎で、藤波は若手の山本尚史とシングル対戦。4分ほど。
 ・10月24日  鹿児島で、藤波は西村と組み、ウルフ・吉江組に勝利。
 ・10月25日  熊本で、藤波は若手の長尾と組み、マシン、安沢組と対戦。
 ・10月29日  博多で、藤波は西村、飯塚と組み、中邑・棚橋・吉江組と6人タッグで対戦。

 ・11月 7日  NHK総合のテレビ番組「ふるさと一番!」にレポーターとして初登場。岐阜県東白川村からの生中継。
           テーマは「栄養満点、ヘボの味を伝えたい」であった。
           また、翌日8日も、「岐阜県恵那市から中継。「ふるさとの心をつなぐ五平餅」であった。以後、準レギュラー
           としてレポーターで登場する。

 ・12月 3日  バトルファイナルシリーズ、京都大会で西村と組み、吉江・棚橋組と対戦。最後は吉江の巨体に西村がつぶされ
           て敗北。

 ・12月10日  大阪府立で、藤波は吉江と組み、中邑・飯塚組と対戦。中邑の腕ひしぎで吉江が敗れる。

 ・12月11日  愛知県体で、6人タッグ。藤波は吉江、棚橋と組み、蝶野・天山・後藤組と対戦。
           吉江が後藤を圧殺して、今年の締めくくりを勝利で収めた。


トップ > ドラゴン大年表 >つぎにゆく




 
ラバーソウルみなみ