トップ > ドラゴン大年表 >1998
ドラゴン大年表

  ドラゴン大年表  

  平成10年(1998年)  「無我」を主宰し、IWGPチャンピオンにも返り咲く。SGタッグは準優勝。
                        平成10年ドラゴンの試合の記録はこちら


●平成10年(1998年)  44歳


 ・ 1月 4日  東京ドーム大会。凱旋帰国の西村と組み、小島・中西組を破る。
          この日、長州が引退戦で5人を相手に闘う。
          藤波「鶴田戦を今年中に実現したい。この言葉をいうのは今年が最後」
          猪木が4月4日で引退することを表明。
          藤波は猪木の引退戦相手に、いち早く名乗りをあげたが、実現しなかった。

          「今日は長州の引退一色にして一緒に戦ってきた仲間を気持ち良く送り
           出してやりたかった。猪木さんが引退するにしても、どうして時期を
           ずらしてあげなかったのか。」

 ・ 1月 5日  藤波はバトラーツの大塚選手の結婚式に出席。サムライ・チャンネルの取材を受ける。
 ・ 1月 7日  藤波は、長州引退記念パーティに出席。「引退したのが、信じられない」と挨拶。

 ・ 1月26日  大田区体育館でファイティングスピリットシリーズ開幕。藤波は木戸と組み、カオス・
          レイジに勝つ。
 ・ 2月 6日  苫小牧大会。藤波はカオス・レイジとタッグを組み、小林・野上・斎藤彰俊に勝つ。
 ・ 2月 8日  札幌で藤波は越中と一騎打ち。足4の字固めで勝つ。

 ・ 2月16日  藤波、新日離脱や役員から降格などの噂が広がる中、緊急記者会見を行い、
           nWO 軍との闘いを表明。鶴田との越境対決は「時期尚早」に。

 ・ 2月27日  藤波、映画「新宿少年探偵団」に出演。そのロケ撮影が都内で行われた。藤波は、
          加藤あいの父親役で空手家として出演。映画全体で3回の出演場面があり
           「きょう子、母さんとの約束を忘れたのか! 女の子は女の子らしくしなさい!」
           という台詞もある。またカレーライスを無言で食べるシーンも。
           主演は深田恭子・加藤あい・ジャニーズジュニア。松竹映画。
           

 ・ 3月 3日  「無我」恵比寿大会が開催される。メインは西村・石川雄規組が、藤波・仲野組を破る。
          藤波の縦回転のドラゴンスクリューや、また、ニー・ドロップも飛び出す試合展開に。
          この日、大矢、北原らが参戦アピール。藤波の新しいファンクラブ「セルフレス・D」のボランティアも参加。

           「久しぶりの東京開催です。今日のテーマは感動です。そして、若い選手たちの目の輝きを見て欲
            しい。3年前、最初は6人での立ち上げでした。今は、多くの選手が参加してくれます。
            また、椅子運びから、全部、ボランティアです。なんでこんなに手伝ってくれるのか、自分でも
            わかりません。大阪でも、九州でも。 
            プロレスを、ただ、暴力的なものとして敬遠するのではんく、もう一度、感動のスポーツとして
            やっていきたいと思います」

           このころから「無我」をはじめ藤波がらみの記事が大きくとりあげられはじめる。
           なお、このころから、「無我」の開催について、主に、組織や経営面で、ファンクラブ間でも、意見が
           交わされてゆくようになった。

 ・ 3月 6日  新潟でハイパーバトルシリーズ開幕。藤波は「nWo討伐試合」を開始。
          この日、藤波は橋本と組み、蝶野・マイケル組と対戦。蝶野をグランドコブラで
          破る。。 (なお、シリーズは24日の桐生まで全16戦)
    
       試合終盤、乱入しようとしたエプロンのヒロ斎藤に、リング内からみまった藤波のドロップキックは
          見事だった。
          

          

              藤波「勝ちは勝ちでも、納得する勝ちじゃあない。蝶野がフォールを許した
                 のがわからない。あんなもの返せないはずがないしね。藤波たつみ個
                 人の気性からいって、許される結果ではない」

 ・ 3月 9日  京都で、武藤が「無我トライアル」のTシャツを着て、nWoへ西村を勧誘
          して観客を驚かせた。試合は蝶野・武藤組が藤波・西村組を破る。
          藤波組は「ドラゴン・スープレックス」のテーマで入場。

 ・ 3月14日  仙台で藤波は山崎と組み、武藤組に勝つ。試合後乱入してリングを占拠したnWo
           軍に対し、イスを振り上げて軍団を追い散らし存在感をアピールする。

           藤波 「イスを持ったりするのは本意じゃない。でも、猪木さんがいたら
                同じことをしてたと思う」

 ・ 3月22日  名古屋で藤波は佐々木と組み、蝶野・タイトン組に勝つ。
          試合後、佐々木が「藤波辰爾って、そんなもんすか?」とマイクアピール。
          藤波は、控え室でもノーコメント。この日、猪木が角田と公開スパーリング。

 ・ 3月26日  藤波ファミリーの出演したTBSテレビ番組「はなまるカフェ」が放映される。
          ほのぼのしたMSGでの婚約者紹介や、葵の御紋の話題の後、4月4日の
          試合について「結果よりもどこまでやれるかを試す」と決意を語った。

 ・ 3月30日  藤波、サイパンで自主トレーニング、西村も合流し4月4日の佐々木戦に備える。
 ・ 4月 1日  藤波、飛龍原爆固め解禁を新聞紙上にぶちあげる。
 ・ 4月 2日  藤波、サイパンより帰国。
 ・ 4月 3日  パーフェクテレビの「猪木引退特別番組」が放映される。この中で、猪木に
          ついて藤波は「入門したときと同じ、あこがれの気持ちは変わっていません」と
          語った。「猪木さんが新日本プロレスの前を固め、後ろから来る敵を僕が
          闘い、新日本プロレスを、ともに守って来た」とも。

 ・ 4月 4日  東京ドームで藤波が佐々木に勝ち、IWGPヘビー級のタイトルを奪取
          決め技は原爆固め。第21代チャンピオンに。7万人のドラゴンコールを受ける。
          「ドラゴン・スープレックスのテーマ」で入場。佐々木の前後3発のラリアートの
          ラッシュに耐えての原爆での勝利。

              藤波 「タイトル挑戦は、自分に対しての大きな賭けだった。きっと、これ
                   でファンも、もう少し自分が現役としてやっていく事を許すでしょう」

           この日、猪木が引退試合。猪木はトーナメントを勝ち抜いたドンフライに勝ち、
           新日本プロレスでの引退をする。猪木の引退セレモニーで、アリも登場。また
           西村が猪木に気合いのピンタをもらう。藤波は「凄くうらやましい」と。

              猪木「心の奥底からわき上がる感謝と、熱い思いを止めることができませ
                  ん。ありがとぉ〜〜〜〜!」

           テレビ朝日では、特別枠で放送をし、「猪木の闘魂人生」と銘打った記念番組を
           放映した。ブラジル移民からの猪木の人生の中で、特に、アリとの格闘技戦に
           時間を割き、貴重な映像を流した。また、三銃士の選ぶ猪木の特選試合では、
           武藤が「vsムタ」戦、橋本が「vs長州」戦をあげ、蝶野が「vs藤波」戦をあげた。

 ・ 4月 5日  猪木引退試合に姿を見せたボブ・バックランドと藤波が会談。「無我」への参戦
          の話し合いもなされたという。
 ・ 4月13日  佐賀でハイパーバトルシリーズ開幕。藤波は西村と組み、木村・斎藤彰俊組に
          勝つ。

 ・ 4月14日  鹿児島で藤波は小島と組み、天龍・越中組と対戦。天龍とは2年ぶりの対戦。
           いきなり平手打ちをくう。天龍相手に卍固めも決める。
 ・ 4月26日  博多でシリーズ最終戦。藤波は橋本と組み、蝶野・タイトンと対戦。足4の字固め
          をタイトンに決め、勝利。

 ・ 4月27日  藤波かおりさんのエッセイ集「ちょっと、ごはん食べにこない」が、フォレ
          スト出版から発行された。
 ・ 4月30日  後楽園で保永昇男引退記念試合が行われる。藤波は6人タッグで登場。

 ・ 5月12日  日刊スポーツに「藤波引退」報道がなされる。見出しは「引退」だが、本文
          記事には見あたらず。

 ・ 5月15日  大阪で「無我」原点龍帰大会。全5試合。藤波は石川雄規と組み、仲野・大矢

          と対戦。 揃いのガウン(?)石川と藤波

          「大矢も、新日時代の自分を思い出しながらの闘いで、身体の切れが、いまひとつでしたね。
          それも、プロレスをやってないんだから、仕方がないんでしょうけど。真剣に闘ってくれるので、
          お客さんも見入ってくれました」 最後は、藤波が、腕ひしぎ逆十字固めで大矢に勝つ。

          選手コールでの「IWGPヘビー級チャンピオン・藤波辰爾」のチャンピオンという紹介に、
          「無我大会に、あわないね」(藤波)

           試合後、予告通り橋本が乱入。「橋本、場違いだ、場違い!」などの声が飛んだ。

          西村の発言「無我によって堕落した日本の社会を変えていきたい」が話題になる。
          これにたいして、藤波は「うん・・・(苦笑)」

           藤波「ある部分では、無我の選手は、不器用です。いまのレスリング流れではね。でも、必死に
               打ち込んでいる姿を、お客さんはよく見てくれているんだと思います」

           試合後の控室では、大矢や高岩らと握手。「橋本も私服でも、こうして来たことは意味がある」

 ・ 5月16日  松戸でベストオブザスーパージュニアシリーズ開幕。藤波は佐々木と組み、
          橋本・西村組と対戦。橋本の厳しい蹴りと場外での三角絞めに苦しむ。

 ・ 5月19日  テレビ番組の中のコーナーで「藤波の豪邸拝見」が放映される。自宅の庭で
          レポーターとゴルフを興じる。
           またこの日発売の「週刊プロレス」誌には、「百名山」の制覇をめざすとい
          う、藤波の新しい挑戦が掲載された。
 
 ・ 5月20日  闘魂Vスペシャル(ビデオ)「nWo vs 無我」が発売される。
 ・ 5月31日  鳥取で、藤波・西村組と天龍・越中組が対戦。西村が敗れる。

 ・ 6月 5日  武道館でシリーズ最終戦。藤波は、橋本を裸絞めで破り、IWGP選手権初防
          衛を果たす。

 ・ 6月20日  闘魂Vスペシャル特別編(ビデオ)「無我特集」が発売される。

 ・ 6月22日  渋谷のレストランで「藤波初防衛祝賀パーティー」が開催される。

 ・ 6月24日  山形でサマーストラグルシリーズ開幕。藤波はnWo軍と闘い、試合後集団で
          攻撃される。いつまでこんなのが続くのか。右足を痛める。
 ・ 6月27日  小田原でnWo軍とのタッグマッチ。味方の佐々木が藤波に平手打ち。
          試合後も藤波を蹴り、リング上で殴り合いの乱闘をする。
          形だけは「長州反逆」に似ているが、スケールがちがいすぎる。

 ・ 7月 2日  会津若松で、藤波はnWo軍との闘い、試合後天山が乱入し、藤波は肩を負傷。

 ・ 7月12日  藤波、ヘビー級のベルト統一を提唱。
 ・ 7月14日  藤波、札幌で、天山を卍固めで下し、IWGP選手権の2度目の防衛。
          当初、藤波の挑戦者には木戸の名前もあがっていたという。藤波は、
          十数年ぶりに札幌にかおり夫人を呼んだという。
              かおり夫人 「主人は、息子に闘う姿を見せたいようです。ジュ
                      ニアのチャンピオンの頃のように精神的に充実し
                      ています」

 ・ 7月30日  新横浜でのG1の前夜祭に藤波・佐々木らが出席。ファン330人と交歓。

 ・ 7月31日  両国でG1トーナメント3連戦。藤波は、1回戦で、山崎の腕ひしぎに敗れる。
           なお、優勝は8月2日に山崎を破った橋本。

            藤波 「油断はしていなかったが、山崎は自分のペースに引き入れるのが
                 うまいね。ちきしょー!」

 ・ 8月 8日  大阪ドーム大会。藤波はIWGP選手権。蝶野のSTFに敗れ3度目の防衛ならず。
          蝶野は、坂口社長の表彰を素直に受け、その光景を花道で藤波が見守った。
          会場では「藤波のフィギュア人形」が発売された。

            藤波  「複雑な気持ちだった。ここでへばるわけにはいかない。これからが
                  スタートです。」

 ・ 8月12日  週刊プレイボーイ誌で前田日明との対談記事が掲載された。大阪城での闘い
          の思い出から、前田の引退試合を橋本と、まで幅広い対談になっている。

 ・ 8月13日  「藤波辰爾のボディトレーニング」(藤波辰爾著)が日本文芸社より出版
          された。
 ・ 8月13日  ビッグコミック・オリジナル誌に「子から親への手紙」の形式で藤波の記
          事が掲載された。中学卒業後の日本プロレス入りの頃の両親との思い出が
          根岸康雄のしんみりとした文体で書かれている。

 ・ 8月25日  NHK番組の「夏バテ防止法」の話題で、藤波は「にんにく料理」を紹介。
          新日のコックさんの作る「にんにく味豚キムチ」を食べ、さらに、自宅で、
          クラシックCD「美しく青きドナウ」を聴く姿も。
         
 ・ 8月26日  「ボディトレーニング」と、かおりさんのエッセイ集「ちょっと、ごはん
          食べにこない」のタッグ出版を祝う会が銀座で催される。
 ・ 9月 5日  コロムビアクリエイティブから「藤波辰爾」のデコラ(ユーティリティ集)
          が発売される。(なお、インターネット上で先行発売がされた)

 ・ 9月10日  大宮でG1クライマックスシリーズが開幕。藤波は6人タッグ。

 ・ 9月15日  朝、腰痛がひどくなり、16日の新潟大会を欠場することになった。

 ・ 9月21日  大阪府立で、藤波は斉藤彰俊と組み、フライ・ジョンストン組と対戦。
          格闘技タッグということで多いに注目された。この試合で藤波が見せた
          ドラゴンスクリューは「元祖型」であるといわれている。
 ・ 9月23日  横浜アリーナでシリーズ最終戦。藤波は飯塚とのタッグで第3試合に
          登場。

 ・10月 3日  藤波は、横綱・曙(あけぼの)の結婚披露宴に臨席。プロレス転向も噂されている
          曙だけに藤波にインタビューが。 藤波「それは、ない」と答える。

 ・10月11日 東京ドームで「PRIDE4」大会が行われ、高田がまたもやヒクソンに
         敗れた。この大会で「無我」に参戦しているバトラーツのアレクサンダー
         大塚がマルコファスを破ったことに藤波が絶賛。

         「高田は柔術などの訓練をしたそうだが、相手のペースになる。大塚は
          自分の身につけたことで勝利した。プロレス人生の大きな財産になる」

 ・10月15日  腰痛のため欠場していた藤波は、四日市大会に復帰。6人タッグで天龍
          と渡り合った。このシリーズは黒一色のマットで不気味であった。

 ・10月16日  藤波は、四日市の老人施設を訪問。ライガー、中西も同席。

 ・10月25日  藤波が、来年の東京ドーム大会での長州vs小川戦を提案したと報道される。

 ・11月13日  藤波、東洋大学の学園祭で講演会を行う

 ・11月16日  横浜でSGタッグリーグシリーズ開幕。この日はミスター高橋の引退興行。
          リーグ公式戦、藤波・橋本組が中西・永田組を破る。また天龍・越中組が
          武藤・小島組を破る。

 ・11月     「国際グラフ」誌12月号に、藤波とエヌ・シー・エー・コンサルティング(株)の石井社長との
          対談記事が掲載された。(リンク)

 ・11月17日  藤波は、GAEAジャパンの道場を訪ね若手選手のスパーリングを見ながら、長与と
           「無我」・「浪漫」路線について対談。
 ・11月18日  京都大会に大仁田が乱入、長州と小競り合いを演じた。天龍は不信感を露わ
          にしたが、藤波は特にリアクションがなかった。 
 ・12月 4日  大阪府立で、藤波・橋本組は天龍・越中組に勝つ。

 ・12月 6日  名古屋のシリーズ最終戦。SGタッグリーグの決勝戦で、藤波・橋本組は、武藤・小島
          組に敗れる。なんと、藤波が小島にフォール負け。優勝は武藤・小島組。藤波・橋本組
          は準優勝となった。

 ・12月 8日  「無我」恵比寿大会「DREAM-1」を開催。藤波は仲野とのエキシビション
          で登場しただけで、案内役に徹し、初の若手の主導での大会とした。
          GAEAの里村、永島も参戦。「無我」に初めて「女の子のレスラー」が
          登場し、長与も感激した。バトラーツや夢ファクからの参戦も。
          全5試合のメインは、正田と福田のシングル。福田がダルマ式原爆固め
          勝利を収めた瞬間、ALFEEの曲が鳴り響いた。レフェリーに北沢幹之を
          起用。藤波の締めの挨拶では欠場中の西村にも激励をおくり、恒例の全
          選手でのリング上での記念撮影には長与も参加した。なお、終了後には
          ジョンとヨーコの「ハッピー・クリスマス」が流されクールダウン。
          男女の出会いをコーディネートする特別席を設ける試みもなされた。
         


         トップ > ドラゴン大年表 >つぎにゆく


ラバーソウルみなみ