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ドラゴン大年表

 ドラゴン大年表 

  平成 9年(1997年) 新年にIWGPタッグ王者に「最後の悪あがき」と表現。


●平成 9年(1997年)  43歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
試合・大会関連  タイトルマッチ  トピックス 主なエピソードなど
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス
1月1日 パーフェクテレビで「開局記念番組」の再放送をする。
12月31日から始まった同番組の途中であったが、「秘蔵のビデオ公開」という
コーナーが年越ししで放送された。

平成9年を迎えた途端ビデオ「マッチョドラゴン」がはじまり、
 世間では「あけまして、おめでとう」と挨拶する時間に、「マッチョドラゴン」が流れた。(^^;)
藤波ファンとしては、すばらしい新年の幕開けを迎えたことになる。
     
鮮やかに決まる技は、ナ〜イフの切れ味〜♪
1月4日 東京ドーム大会で、藤波は木村健吾と組み、IWGPタッグ戦。
蝶野・天山組を破って、第29代チャンピオンに。なおこの日は大日本
プロレスとの対抗戦や、猪木とウイリーの試合などもあった。

「今年は俺たちの時代の最後の悪あがきをする年。俺達の闘争心が
 どこまで駆り立てられるか、その気持ちを試したかった。ベルト
 を取れなかったら、俺は引退発表するつもりだった」(試合後の藤波の話)
1月11日  藤波の出演した深夜番組「超ゴリオシズム宣言」が放映された。
 「城マニア」ということで出演し、家の中のものは葵の御紋だらけと、かなり
 自慢をしていた。

 ・ 1月 1日  パーフェクテレビで「開局記念番組」の再放送をする。
          12月31日から始まった同番組の途中であったが、
          「秘蔵のビデオ公開」というコーナーが年越ししで放送
          された。

         平成9年を迎えた途端ビデオ「マッチョドラゴン」が
          はじまり、世間では「あけまして、おめでとう」と挨拶する
          時間に、「マッチョドラゴン」が流れた。(^^;)
          藤波ファンとしては、すばらしい新年の幕開け
          迎えたことになる。
          
          鮮やかに決まる技は、ナ〜イフの切れ味〜♪


 ・ 1月 4日  東京ドーム大会で、藤波は木村健吾と組み、
          IWGPタッグ戦。

           蝶野・天山組を破って、第29代チャンピオンに。
           なおこの日は大日本プロレスとの対抗戦や、猪木
           とウイリーの試合などもあった。
           「今年は俺たちの時代の最後の悪あがきをする
           年。俺達の闘争心がどこまで駆り立てられるか、そ
           の気持ちを試しかった。ベルトを取れなかったら、
           俺は引退発表するつもりだった」という驚きの引退
           話も。

 ・ 1月11日  藤波の出演した深夜番組「超ゴリオシズム宣言」が
          放映された。藤波は「城マニア」ということで出演し、
          家の中のものは葵の御紋だらけと、かなり自慢をし
          ていた。

 ・ 1月26日  吉川でファイティングスピリットシリーズ開幕。藤波・
           木村組は中西・西村組に勝つ。
 ・ 1月27日  大田区体育館大会。藤波・木村組は、山崎・木戸組
          に勝つ。なお、藤波は、負傷をおしての出場。

 ・ 2月 8日  札幌で、藤波・木村組は、平田・武藤組を相手に
          IWGPタッグ戦。平田を逆さ押さえ込みで下し、初防衛。

          藤波「ジジイだって? そういうことを言う余裕があるな
              ら、違うところに神経使いなさい」

 ・ 2月12日  「無我」の大阪道場で、公開トレーニング。

 ・ 2月16日  両国で、藤波・木村組は、小島・中西組を相手に、
          IWGPタッグ戦。2度目の防衛に成功。

          藤波「若いねえ。プロレスは力だけじゃないんだよ」


 ・ 3月 5日  新潟でハイパーバトルシリーズ開幕。藤波・木村組は、
          佐々木・飯塚組に勝つ。

 ・ 3月14日  藤波はNHK総合テレビ「生活ホットモーニング」に出演。
          「腰痛」に関するクイズに答えながら身体の仕組みを考え
          る企画。

 ・ 3月18日  法務大臣より藤波の「青少年育成活動」に対して「感謝状」
          が贈られた。
 ・ 3月20日  名古屋で、越中・後藤組みを相手に、IWGPタッグ戦。
          3度目の防衛に成功。
 ・ 3月25日  東京体育館で最終戦。藤波は、長州・木村・山崎・木戸
          と組み、越中・小林・野上・小原・斎藤彰俊組と10人タッ
          グで対戦。勝利。

 ・ 3月30日  「無我」大阪大会「温故知新」が開催される。西村が参戦。
          西村は前夜の新潟県苗場プリンスホテルの試合を終えて直
          行した。また仲野信市も参戦。当日行われたランカシャー
          トーナメントの優勝はリグビー。

          このころ、藤波は「無我のライセンス」を作りたいと提案。
         実際にはプロレスラーとしてのライセンス制度を構想していた
         ようである。

 ・ 4月12日  東京ドーム大会で、藤波・木村組がIWGPタッグ戦。
          長州・佐々木組みに敗れ、タイトル防衛に失敗。
          また、この日小川直也が橋本と対戦し、小川が勝つ。


 ・ 4月17日  長崎でバトルライン九州シリーズ開幕。藤波・木村組は、
          天山・ヒロ組に勝つ。シリーズは4月30日博多までの
          全11戦。

 ・ 5月 3日  大阪ドーム大会。藤波は天山と一騎打ち、グランドコブ
          ラで勝つ。
          また猪木がタイガーキングと組み、藤原・ライガー組に勝
          つ。橋本が小川に勝つ。

 ・ 5月16日  桐生でベストオブザスーパージュニアシリーズ開幕。藤波
          はシリーズの後半戦から出場。シリーズは6月5日の武道
          館まで、全17戦。

 ・ 6月21日 藤波の新しいテーマ曲などを収録したCDアルバム「超飛龍」
          が発売された。最初のプレス版には「特製ファイル」がつい
          ていた。

          藤波自身は、このテーマ曲について「いやあ、いろいろ本人
          の知らないところで変えられちゃって・・・(笑)」と答えている。

 ・ 6月22日  後楽園でサマーストラグルシリーズ開幕。
 ・ 6月24日  長野大会のリング上で、蝶野が藤波を「nWo」軍に勧誘。
 ・ 6月25日  金沢大会で「無我」ポロシャツを着ていたゴング誌カメラ
          マンを蝶野はじめnWo軍がリングに上げ、スプレーで落書き。

 ・ 7月 6日  札幌で新日軍とnWo軍の8人タッグ。藤波の新日軍は敗れる。
          また猪木がタイガーキングと組み、佐々木・藤田組に勝つ。
          小川が山崎に勝つ。

 ・ 7月     藤波は、野上から連日「平成維震軍」の再建を直訴され、
          リーダーに。
          「やるんだったら、中途半端なことはしない。本隊やnWo軍
           とも互角に闘えるようにする」

          このあたり、新日本本体ともからみながら推移。ファンクラ
          ブでは「本隊に取り込まれてしまうのでは・」という危惧する
          意見も出ている。

 ・ 7月12日  旭川でシリーズ最終戦。藤波・木村・平田組が後藤・野上・
          小原組に勝つ。

 ・ 7月22日 「無我」博多大会を開催。藤波はバトラーツの石川雄規と一
          騎打ち。石川のバトラーツ流の「バチバチ」ファイトに驚く藤波
          だったが、逆に腕ひしぎ逆十字を決め、貫録勝ち。
          ●藤波「久しぶりに、膝がすりむけるような試合をやったよ。
               ありがとう。またやろう!」
            
           
           この大会のパンフレットに押印する「スタンプ」を工夫したス
           タッフがいて、「無我」のパンフに、はじめて対戦カードスタンプ
          が押された。
          ●藤波「あんたも、好きねえ(笑)」

           全試合終了後に、会場の撤収をするボランティアのひとり
          ひとりに、「ありがとう!お疲れさま!」 と声を掛けて歩く藤波の
          姿が印象的であった。


           

           なお、この連戦を「お手伝い」した会員への次回の会報が
          送付される封筒に、藤波さんからの直筆の御礼が書き添えられていた。
          

 ・ 7月23日 「無我」別府大会を開催。藤波は、夢ファクトリーの仲野信市
           と対戦。
           自分の試合以外では、マイクを持って解説をする藤波の姿が
           あった。

           「みなさんの目には、どう映りましたか? 我々はこういう
           基礎があって新日本プロレスの本隊に上がっているのです。」


 ・ 8月 1日  両国でG1クライマックスシリーズ3連戦。藤波・木戸組が、
         長州・木村組に勝つ。

 ・ 8月10日  名古屋ドーム大会。長州の引退宣言があったため、これが
          長州との最後の一騎打ちになるはずであった。(当時) 試合
          は、藤波が飛龍裸絞めで勝つ。

 ・ 8月31日  横浜アリーナで藤波・長州・天龍でトリオを結成。長州引退の
          セレモニーには前田も姿を見せ、藤波に促されて猪木の音頭
          で「ダー!」をやる。

 ・ 9月11日  厚木でG1クライマックススペシャルシリーズ開幕。藤波は
          木村・野上とタッグを組み、山崎・佐々木・小島組と対戦。
          藤波が足4の字固めで山崎から勝利。

 ・ 9月22日  新潟でシリーズ最終戦。藤波・木村・野上組が山崎・木戸・
           飯塚組に勝利。

 ・ 9月23日  武道館で格闘クライマックス大会。藤波は維震軍の6人
          タッグ。越中が現れ改めて結束を固めた。
           三大異種格闘技戦では、藤田はフライに負け、小川が
          ジョンストンに勝つ。また、橋本がフレジャーに勝つ。
          

 ・ 9月25日  河北新報の夕刊コラム「好きな時間」に藤波の記事が掲載
          される。藤波は「子供達の心に城を築かせたい」ということば
          で「無我」を説明。

 ・10月10日  郡山でnWoタイフーンシリーズ開幕。藤波は欠場。
 ・10月12日  藤波は、八王子の「レッスル夢ファクトリー」の試合会場へ
           仲野・福田を激励訪問。
           「無我」と「夢ファク」の合同興行も考える、と発言。この日
           の新日プロ後楽園大会は欠場。
           藤波は19日の神戸大会から出場。

 ・10月30日  この日、「無我・2周年記念・藤波と行くヨーロッパ観戦の旅」
          の募集が週刊ファイト紙に発表された。
           なお、このツアー募集には、問い合わせが数件、申し込みは
          わずか1名(実は、私cacao86 です)であったため、中止となった。

 ・10月31日 広島でシリーズ最終戦。
           藤波は、平成維震軍の「赤いハカマ」をつけて登場
          3本勝負で、1本目こそ「赤いハカマ」をはいて闘ったが、相手
          チームの「藤波、何、はいてんだ〜!」の挑発に、恥ずかしくな
          ったか、3本目には袴を脱いで黒いトランクス姿に。

           試合後の藤波は 「後悔している。長年、俺を見てきたファンは
           どう感じたんだろう?」と困惑気味に。

 
 ・11月 2日  福岡ドーム大会のメインで、藤波は天龍と組み、武藤・
          蝶野組と対戦。
          藤波がなんと、蝶野のSTFに「ギブアップ」負け。

 ・11月18日  秦野でSGタッグリーグシリーズ開幕。藤波は木村
          組み、nWoスティング・ヒロ斎藤組に勝つ。
 ・12月 5日  高知でリーグ公式戦。藤波・木村組が山崎・佐々木
          組に勝つ。
 ・12月 8日  大阪府立でシリーズ最終戦。優勝は、橋本・中西組に
          勝った武藤・蝶野組。

 ・12月23日  後楽園で「上田馬之助君を激励するプロレス大会」が開催された。 

 ・12月26日  パーフェクテレビ「ブルームバーグニュース・チャン
          ネル」で「藤波選手のプロレス教室」の話題が放送される。
          静岡県内の体育館で、親子を集めてのプロレス流のトレー
          ニングを紹介。二人で組になって、「相手に協力しないと、
          出来ない体操です」と指導。いかにも藤波らしさがあふれ
          ていた。映像の最後は、藤波のダーッ!であった。
            
         


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