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 ドラゴン大年表 

  昭和63年(1988年) 飛龍革命。猪木と60分フルタイム。 海外へ。そして3冠王に。


●昭和63年(1988年)  34歳

  ※この年は、完全にリニューアル途中です(wordpressだったら、未公開に設定しているくらいです)
 飛龍革命や あの 猪木戦フルタイム 8月8日 を中心に、がんばって、再構築してゆきます
    cacao86 2019


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
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1月4日
東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」授賞式がおこなわれ、藤波は「最高殊勲選手賞」を受賞。猪木は最優秀選手賞、努力賞に小林、大衆賞に上田も選ばれた。
プロレス大賞について
新春黄金シリーズ 開幕戦 1月5日 東京・大田区体育館▼45分1本勝負
  ○藤波(15分9秒・回転足折り固め)トニー・ロコ×  ※「回転エビ固め」という記録もあるが、誤り

 ・ 1月 4日  東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞・殊勲賞」を木村健吾と
          のタッグで受賞。また特別大賞に猪木とマサ斎藤に。猪木・
          藤波らは、先日の暴動事件の責任を取って欠席。
           後楽園で新春黄金シリーズが開幕。メインで藤波はマサと
          一騎打ち。勝利。
 ・ 1月14日  香川・三豊大会で、藤波・越中組が長州・馳組と対戦。越中
          の反則勝ち。この試合で長州が足を負傷。以後欠場する。

 ・ 1月18日  藤波・木村組が藤原・山崎組を徳山で破り、IWGPタッグ
          選手権を奪取。第7代のチャンピオンになる。
 ・ 1月27日  船橋大会。ベイダー・マサ斎藤組を相手に、藤波・星野・後藤
          組という変則タッグが組まれた。(結果は43秒で後藤がベイダ
          ーにつぶされる)
 ・ 2月 3日  池上本門寺での豆まきに新日から猪木・坂口・藤波が参加。
          全日の選手も参加。
 ・ 2月 4日  大阪府立で、猪木が長州の挑戦を退け、IWGPタイトル防衛。
          
 ・ 2月 5日  後楽園で、藤波は10カ月ぶりに猪木とタッグを組む。相手は
          マサ斉藤・長州組で無効試合に。

 ・ 2月 6日  函館のセントクレアーとの対戦で「飛龍裸絞め」を初公開。
 ・ 2月 7日  札幌でシリーズ最終戦。メインで藤波・木村組はIWGPタッグ
          戦。長州・マシン組の挑戦を受け、「飛龍裸絞め」でマシンに勝つ。
          タイトル初防衛。
          この日、猪木とベイダーの一騎打ちに海賊男が乱入。最初にベイダーのセコンドについていた
          マサ斎藤を襲い、返す刀で猪木にパウダーをかけた。なお、この日の海賊男はボブ・オートン。

 ・ 2月15日  静岡の土肥で3軍(新日・長州軍・UWF)合同合宿。

 ・ 2月29日  後楽園でビッグファイトシリーズが開幕。マードックが猪木と組み
          シリーズに参加。海賊二人が乱入。
 ・ 3月 1日  ビリーとバリーのガスパーズが急遽参加。ビリーはボブオートン。
          バリーはスカイウオーカー・ナイトロン。

 ・ 3月 4日  長崎で、藤波・木村組が長州・マサ斉藤組に反則勝ちでタイ
          トル2度目の防衛。藤波組のねばりに、最後は長州が逆上してレフェリー
          に暴行。反則負けとなった。なお、この日猪木がビリーと初対戦。反則勝ち。

 ・ 3月 7日  博多大会で、藤波が海賊チームと初対戦。星野と組んでの対戦も
          海賊のタッチワークに翻弄されて、星野が敗れた。
 ・ 3月11日  愛知県体育館で藤波は木村健と組み、猪木・マードック組と対戦。
          藤波は「ドラゴン・ファミリー」のトレーナーで入場。
 ・ 3月18日  銚子大会で、藤波はミッドナイトソルジャー(ブライアン・アダムス)と
           対戦。3分余りで飛龍裸締めで勝つ。なお、この日のタッグマッチが
           小杉俊二の最後の試合となった。

 ・ 3月28日  竹下総理大臣の招待で、猪木・藤波・木村・星野・馳、長与・
          飛鳥が総理大臣官邸での「スポーツ関係者との懇談会」に出席する。
 ・ 4月 1日  「プロレス学校」が開校。校長は山本小鉄。

 ・ 4月10日  大阪府立でファン感謝イベントが行われた。藤波はエキシビションマッチ
           5分1本で、対後藤、対越中の2連戦。猪木は山田・船木の2人を相手
           に変則マッチをした。(いずれも時間切れ引き分け)
        

 ・ 4月11日  後楽園でビッグファイトシリーズの開幕戦。この日の中継からから
          辻アナの実況で新しい番組づくりとなる。
          藤波は船木と組みスコットケーシー・ヘルナンデス組と対戦。船木は
          欧州遠征の挨拶も。
          坂口との試合に勝ち、その後もいたぶるベイダーに対し、藤波が
          裸足で救出にリングへ駆けつける。
          この日、小杉の引退式も行われた。
 ・ 4月17日  伊勢崎大会で、藤波は船木と組み、長州・小林組と対戦。この試合
          は船木の壮行試合であった(新日本での最後の試合となった)。

 ・ 4月22日  沖縄奧武山大会。藤波は猪木と組み、ベイダー組と対戦。猪木にとっても藤波にとってもふがいない闘いとなった。
          試合後の控え室で、藤波は自分の髪を切り、ベイダーとの一騎
          打ちを要請。飛龍革命

          「もう何年続いてるんですか」
          「だったら、破れよ」
          「だったらやりますよ」
          「リング上で遠慮されたら困るんだよ」
          「これが新日本プロレスの流れじゃないですか」
          「だったら、力でやれ、力で」
          「やります」
          「おまえなら、やれるのか」
          (藤波、ハサミを持ち出して、自分の髪を切る)
          「待て待て」
          「こんなんで、お客さんよべますか」
          「それなら、やれよ」
          「負けて本望ですよ、やります」・・・
          という二人だけの世界が展開された。

          この時、猪木の張り手に対して、藤波の強烈な張り手を返し、さすがの猪木も
          たじろぐ場面もあった。もちろん、藤波も涙目になって、なぜか、ハサミで前髪を
          切って、訴えた。控室にカメラが入っていることも異常で、異様な雰囲気を伝えた。

          平成になって、必ず回顧される事件でもあり、ものまねの定番ともなっている。
             https://youtu.be/wTRKlLH8APg
          
          ただ、この時の新日本プロレスの状況は、ものまねのネタになるような、軽い感じでは
          けしてなかった。
          この日、藤波は怒りにまかせて、宿泊先のホテルをチェックアウト。ところが、
          飛行機が無いため、再び同ホテルにチェックインをした、という。インタビューはこちら
          
          後のインタビューでは、この時のことを振り返って「なんで髪を切る必要があったの?(笑)」と
          藤波が答えているが、「その時は、あれが精いっぱいの行動」と自己分析もしている。
          確かに、必死に抵抗する藤波であったが、猪木がにらむと、視線をそらしてしまうほどの
          威圧感を猪木は持っていた。

          「新日本プロレスの中に、もやもやがありまして、選手間の空気もよどんだ感じが
           あり、自分の体調も良くなくて、ついに起きたというような、・・・」(藤波2012

           「あれはね、、、どうも、口が重くなってしまうが、あのときは、もう、フロントが不在で、
          現場で行動するしかない、という、そういう状況で。やむをえないで、ああいう
          ことに」  (2012 藤波40周年DVDインタビュー。以下この項目、同じ)

          フロントが不在で、現場のトップでもある猪木に負担がかかりすぎ、限界が来ているのに、それをカバーできる人も方法もない。、
          会社の激務の合間に、「24時間アントニオ猪木を演じ続けなければならない猪木さんが、練習と称して、実際には最初のマッサージ中に
          いびきをかいてしまうほど疲れている(蝶野の話)」そんな猪木をメインエベントに上げなければやっていけない体制を、藤波が変えて
          行きたいと、行動を起こした。というのが、真相に近い。(cacao86 2018)

          藤波「アントニオ猪木は、特別な存在として、リングにあげなくっちゃいけない」
   
          かおり夫人「とにかく、猪木さんを守りたい。藤波のこの想いは、誰にも負けないものがあると思います」  

          この事件がマスコミによって「飛龍革命」と呼ばれる。
          猪木はこの数日後、ランニング中に足を骨折。以後の試合を欠場。藤波がカード編成の中心となり、興行を牽引してゆくことに。

          ※「ベイダーと、やらしてください」という一言を大きく書いたハガキが来たが、このひとことだけで、万感の想いを表す名言だと
            つくづく思う。もちろん、生粋の藤波ファンからでした。cacao86 (2019)         
         

 ・ 4月27日  大阪府立で、藤波はベイダーにリングアウト勝ち。
           飛龍革命の第一歩となった。
          なお藤波は23日から欠場していて、この日の試合
          後も5月3日まで欠場した。
          また猪木も23日にランニング中に足を骨折し、以後、
          7月16日まで欠場。


 ・ 5月 8日  有明でシリーズ最終戦。藤波はベイダーに反則勝ち、
          第2代IWGP王者になる。ベルトは腰に巻かず。

 ・ 5月20日  後楽園でIWGPチャンピオンシリーズが開幕。猪木は
          シリーズ欠場。この日藤波は馳を相手に飛龍裸締めで
          勝つ。


 ・ 5月21日  この日の「ワールドプロレスリング」は、「藤波辰巳の足跡」
          と題して、特集番組を放映した。エストラーダ戦やチャボゲレロ
          との対戦から87年の長州戦までをダイジェストで構成したもの。
          最後はタッグながら、猪木をフォールした仙台の試合でしめくくり
          猪木から藤波への主役交代を暗示していた。
           なお、この番組の冒頭で、小鉄が「最初にドラゴンスープレック
          スを喰ったのは僕です」と発言。


 ・ 5月27日  仙台で、藤波は長州の挑戦を受け、無効試合に。
          藤波の対戦者は、当初坂口の予定であったが、長州の
          ごり押しで長州に変更された。藤波はから足を踏み試合中に
          動けなくなり試合は無効試合と判定されたが、一般的には
          長州の勝利であろう。タイトルはコミッショナー預かりに。

 ・ 6月 3日  鹿児島で、藤波・木村組は、坂口・藤原組を破り、タイトル
          3回目の防衛。
 ・ 6月10日  広島で、藤波・木村組は長州・マサ斉藤組と闘い、木村がマサの
          監獄固めに敗れ、IWGPタッグ防衛に失敗。

 ・ 6月11日  兵庫・和田山大会で、長州がワカマツのズボンを脱がし、ガス
          パーズとの抗争が始まる。この頃の「新日マット」を象徴する事件。

 ・ 6月17日  新潟・五泉大会で藤波はマードックと一騎打ち。黒い「セーラーズ」
          のブルゾンで入場。試合中、左足がロープにかかり場外に逆さ吊りに
          なり左足首を痛める。マードックの関節技、ブレーンバスター、カー
          フブランディングなど、20分の試合時間のほとんどを攻められるが、
          受けきり、最後は一瞬の片エビ固めで勝利。
 ・ 6月19日  この日は八王子のサマーランド大会と、後楽園大会のダブル興行。

 ・ 6月24日  大阪で、IWGP選手権。藤波が長州に首固めで勝ち、第3代王者に。
          なお、この日ジュニアでは越中がオーエンハートに勝ち第7代王者に。

         
          
 ・ 6月26日  名古屋でシリーズ最終戦。藤波は、、ベイダーに逆さ押さえ込みで
          初フォール勝ち。リング上で、越中・山田の願いもありベルトを腰に巻く。
          「ベルトは巻かないつもりだったが、周りが巻いてくれと、あんまり言うから」 
           これでIWGPヘビー級タイトル初防衛。

 ・ 6月27日  藤波がベイダーとの再戦を拒否。

 ・ 7月 6日  テレビ番組「あぶない少年2」で、藤波が出演した「プロレス講座」を、番組
          総集編の中で放映。光ゲンジのメンバーと戯れる藤波の姿がみられた。なお、
          本編の放映日は未詳。

 ・ 7月15日  後楽園でサマーファイトシリーズが開幕。このシリーズでは
          藤波のIWGP王座への挑戦権をかけたリーグ戦が開始された。
 ・ 7月16日  ブロディがプエルトリコでゴンザレスに刺殺される。
 ・ 7月22日  札幌のリーグ戦で、長州が猪木をフォール。またマサ斎藤がベイダー
          を破る。
 ・ 7月29日  有明大会で、猪木がベイダーに勝ち、藤波への挑戦権を獲得。
          闘魂三銃士が1日限りの凱旋。武藤が藤波から反則勝ちを拾う。
 ・ 7月31日  和歌山大会で、藤波は山田と組んで長州・マサ組と対戦。山田が
          長州に敗れる。

 ・ 8月 8日  横浜文化体育館で、猪木が藤波に挑戦。この試合は藤波と猪木
          が60分フルタイム闘い、時間切れ引き分けで藤波が
          IWGP王座を2度目の防衛。
          新日初期の頃のようなストロングスタイルの名勝負で、試合
          後、長州が猪木を、越中が藤波を肩車して感傷的な一戦を締
          めくくった。藤波のジャイアント・スイングは初公開。なお、
          テレビ朝日ではこの試合を、「負けたら引退か」と煽って、
          2週に渡っての放映となった。
          藤波は猪木に声をかけられて「ありがとうございました」と
          頭を下げた。
          なお、この試合後「2日間、おしっこが出なかった」という
          エピソードが、藤波の講演会のたびに、よく話されている。

           このこうもくは、しっかりとかけ!

           ※あとからこの年をふりかえると、「昭和プロレス」がこの年で終焉を迎えている、という感が強い。
            もちろん、昭和がこの年で実質終了して、翌年からは「平成」となるわけだが、年号だけではなく
            実質、猪木・藤波のフルタイムをもって、「昭和プロレス」が一区切りをつけたといえよう。cacao86 (2019)


 資料追加
           
「試合の前には猪木さんが“負けたら引退”という報道があって、ファンもこの試合が大きな山場になると感じていたのでしょう。(中略)あとで映像を見たら、テレビカメラが会場の絵をずっと追っていくときに、お客さんの悲壮感まで伝わってくる。あれじゃあ、もし僕が勝っていたら暴動が起きてましたよ」(藤波)2017週間実話インタビュー)



 ・ 8月19日  藤波が「自分で海外を歩いて、未知の強豪と闘いたい」と
          インタビューで語る。
 ・ 8月22日  新間氏が発起人の「アントニ猪木を絶対引退させない会」が
          東京のホテルで開催され、猪木も出席。坂口、芳の里も。

 ・ 8月26日  後楽園で戦国シリーズ開幕戦。欠場中の猪木が挨拶。その
          最中に長州が猪木の靴をを持って登場。
          「長州!これは俺の靴だ〜」
          メインで藤波は越中と組み、ベイダー・ブラックタイガー組に
          勝つ。藤波が「竜巻軍団」を結成したと言われる。

 ・ 9月 5日  大阪府立で藤波・越中組が、長州・マサ斉藤組に挑戦するが、
          斉藤の凶器攻撃で大流血した藤波が長州にフォール負け。
          王座奪取ならず。藤波は長州を控え室まで追い回す。
 ・ 9月12日  福岡で、長州軍と藤波軍のイルミネーションマッチ。マサ斉藤
          が藤波をリングアウトにして長州軍の勝利。
           藤波軍 藤波・木村・藤原・越中・山田
           長州軍 長州・マサ・マシーン・ヒロ・小林
 ・ 9月14日  日南大会で、藤波・越中組はビガロ・ベイダー組と対戦。敗れる。
 ・ 9月15日  大分県の南こうせつ宅で対談。交流戦や海外戦略の話題も出た。
 ・ 9月20日  小矢部市大会。藤波は藤原と組んで、ビリー・バリーの海賊組と
          対戦。飛龍裸締めでバリー(ジャッカル=ジェイソンザテリブル)か
          ら勝利。なお、海外から帰国した猪木がこの日に挨拶に。藤波と
          握手をかわす。各誌は「猪木の世界戦略、藤波にバトンタッチ」と
          書き立てるが、藤波は「海外遠征は、あくまでも自分の意志」とコメント。
 ・ 9月22日  津でシリーズ最終戦。藤波は越中と組み、長州・馳組と対戦。勝つ。
 ・ 9月25日  この日から台湾遠征。10月2日まで台北・桃園・台南・高雄・彰化・
         基隆・台北と全8戦が行われた。前シリーズ欠場の猪木は遠征に参加。
         藤波は参加せず。

 ・10月 3日  「藤波辰巳を讃える会」が東京のホテルで催される予定が延期と
          なった。6日の大阪での開催も中止された。会費1万5千円が物
          議をかもす。
 ・10月 7日  後楽園で闘魂シリーズ開幕。猪木がシリーズに参加。メインで猪木
          藤波組がビガロ・ケーシー組を下す。藤波はこの日だけ参加し、この後
          アメリカ遠征に。シリーズは27日まで。猪木の闘魂復活7番勝負は
          7戦5勝2敗という結果であった。

 ・10月15日  オレゴン州ポートランドで、藤波がザ・グラップラーに勝ちPNW
          タイトルを奪取。
 ・10月17日  テネシー州メンフィスで、藤波がジェリー・ローラーのAWA世界ヘ
          ビー級王座に挑戦。セコンドの佐藤昭雄のトラブルで反則負け
          となり王座奪取ならず。
 ・10月21日  テキサス州ダラスで、藤波がケリー・フォンエリックのWCWA世界
          ヘビー級王座に挑戦。ジェリーローラーの乱入で無効試合に。
          藤波は遠征中の武藤・蝶野と三者会談を持ち、新日改革案を説く。
 ・10月27日  藤波が海外遠征から凱旋帰国。

          藤波の新日改革案に蝶野・武藤・橋本の「闘魂三銃士」が共鳴、
          「飛龍三銃士」を結成する。さらに、ジャパンカップイルミネーション
          リーグのメンバーを「猪木・橋本・蝶野組。藤波・木戸・木村
          組」から「猪木・長州・星野組。藤波・橋本・蝶野組」に変更
          させた。

 ・11月11日  後楽園で88ジャパンカップシリーズ開幕。イルミネーションリーグ公式戦。
          藤波組は、高野・スモザース・アームストロング組を相手に、3人残しで勝つ。
 ・11月15日  浜松で、リーグ公式戦。藤波組は、マシーン、タイガー(大矢)、ジャガー
          (笹崎)組をストレートで破る。

 ・11月17日  福井で藤波はバズ・ソイヤーと一騎打ち。ソイヤーのブレーンバスター
          や3種類のスープレックスを完全に受け切り、逆さ押さえ込みで
          勝つ。しかし、腰を攻められると動けなくなる。
 ・11月19日  新潟で、リーグ公式戦。藤波組は、坂口・マサ・後藤組に勝つ。

 ・11月23日  藤波の出身地・大分県東国東郡武蔵町より「町民栄誉賞」が贈られ
          遠征中の藤波にかわり、かおり夫人が賞状と記念品を受け取った。
          郷土の青少年に夢と希望を与え、町民の誇りとなったと評価された
          もの。

 ・11月24日  高知で藤波はナガサキを相手に、ドラゴン・フライング・エルボーを
          決めて勝利。
 ・11月25日  広島で、リーグ公式戦。藤波組は、猪木・長州・星野組と対戦し、
          2−3で敗れる。星野・橋本と消えたあと、猪木が藤波と両者リング
          アウトに。残った長州と蝶野が闘い、長州が勝利した。
 ・12月 1日  鹿児島でリーグ公式戦。藤波組は、スコットホール・マードック・オートン
          組に勝つ。なお、この日マサ・長州組がエリック兄弟を破ってタイトル防衛。
 ・12月 4日  仙台でリーグ公式戦。藤波組は木戸・藤原・健吾組に敗れる。

 ・12月 5日  名古屋でザ・グラップラーに勝ち、PNW王座防衛。このときの
          決め技は胴締め式の飛龍裸締め。
 ・12月 7日  大分で、ジャパンカップ・イリミネーション・リーグ戦決勝が行われる。
          藤波・橋本・蝶野組が、猪木・長州・星野組に敗れる。星野が消えたあと
          藤波は長州と両者リングアウト。猪木が一人で橋本、蝶野に連勝し、優勝。
          公式戦では藤波組が30点でトップだった。

 ・12月 9日  後楽園で、シリーズ最終戦。藤波は、ケリー・フォン・エリックとの
          IWGP選手権。両者リングアウトの後、延長戦でレフェリーストップで
          勝3回目の防衛。ケリーの持っていたWCWAタイトルの奪取にも成功し、PNWとも
          あわせて「3冠」となる。この日、藤波は「ライジング」で入場。
          藤波はアメリカ遠征に出発。

 ・12月10日  オレゴン州ポートランドで、藤波は、ザ・グラップラーと闘い、PNW王座の
          防衛に失敗。また、WCWAタイトルを返上した。
 ・12月11日  テネシー州メンフィスで藤波がIWGP選手権試合。トニー・レーンを下してタイトル
          4回目の防衛。
          なお、この日、猪木と橋本がソ連入り、のちに長州・馳も合流した。
 ・12月13日  シカゴのUICパビリオンで藤波が挨拶。
 ・12月17日  藤波、プエルトリコ遠征。ドクター・デスに勝つ。 
 ・12月23日  プエルトリコ遠征から帰国。記者会見でブロディについて話す。
 
 ・12月24日  ニッポン放送の「通りゃんせ基金」に協力し、道場でチャリティ
          もちつき大会。猪木・藤波ら主力メンバーがこどもたちと楽しい
          ひとときをすごした。
 ・12月29日  「CNNデイ・ウオッチ」に藤波がニュースキャスターとして登場。     


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ラバーソウルみなみ