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 ドラゴン大年表 

  昭和62年(1987年) 木村との抗争に終止符。長州の乱入で負傷欠場。
                  ニューリーダー路線。・・・と、身勝手な長州に振り回された一年。
                  最後は、両国の大暴動で終わる。
       


●昭和62年(1987年)  33歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
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1月4日
東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」授賞式がおこなわれ、藤波は「最高殊勲選手賞」を受賞。猪木は最優秀選手賞、努力賞に小林、大衆賞に上田も選ばれた。
プロレス大賞について
新春黄金シリーズ 開幕戦 1月5日 東京・大田区体育館▼45分1本勝負
  ○藤波(15分9秒・回転足折り固め)トニー・ロコ×  ※「回転エビ固め」という記録もあるが、誤り

 ・ 1月 2日  後楽園でニューイヤーダッシュ87・シリーズの開幕。

          メインで藤波は木村と対戦。試合前に「この試合で負けたら、海外に行く」と健吾のアピール。
          「正々堂々と闘って勝つ!」(健吾の話)
          いきなり、試合開始前、藤波の頬にカウンターを決める。藤波が倒れたまま試合開始。
          試合は、殺伐とはしているものの、木村の足あやとり殺法から張り手で藤波を攻め続ける。
          藤波は場外で健吾を流血させるとペースを変え、逆襲。稲妻をつかまえてサソリへ。
          木村は椅子で藤波の首を襲う。上田なみの攻撃。稲妻でフォールし、木村の手が挙がった。
          だが、木村が鉄パイプ凶器を足に入れての稲妻攻撃が発覚し(すぐに凶器が発見されて)
          無効試合となる。
          健吾の話「勝つためには、手段を選ばない」
          このシリーズから入場曲が「ロック・ミー・ドラゴン」に。


 ・ 1月 3日  後楽園で藤波は再び木村と一騎打ち。反則負けに。

 ・ 1月 4日  東京スポーツ社のプロレス大賞。藤波は、前田戦で年
          間最高試合賞を受賞。

 ・ 1月12日  桐生でバーバリアンと対戦。入場から客席を大暴れし、そ
           のままチェーンで藤波を攻撃。試合中も相手が持ち込んだ
           椅子で大立ち回りも。膠着した試合も、最後はチェーンを持ち出し
           藤波の反則勝ち。試合後、暴れるリングに、ピーターソンも
           乱入。この日、ピーターソンは蝶野に原爆固めで勝っていた留学生。
        
           藤波はテレビ画面に向かって「木村!見てるか、この野郎」とアピール。


 ・ 1月14日  後楽園で、藤波と木村健吾とのワンマッチ興行。 
           猪木の出場を拒否、試合会場にも来てくれるな。いつもよりリングを硬く
           調節。二人だけの真剣勝負。藤波と木村の男と男の勝負。

           早朝から並んだファン。特別レフェリー上田馬之助。
           ファンも熱くなる真っ向勝負で、両者の攻防が続き、木村はパンチや、
           硬いマットの上でのパイルドライバー、脇固め、トライアングルスコーピオン
           コーナー上の藤波に対して「稲妻」、ロープ越しのブレーンバスター、バック
           ドロップと波状攻撃。藤波は、もう一度狙ってきた「稲妻」の足を受け止め
           逆サソリ。逆エビで逃げられると、こんどは片方の足をとって逆エビで締上げ
           健吾はロープまで逃げられず、無念のギブアップ。
           観客は、一瞬、静まり返り、藤波への歓声に。
           藤波はすべてを受け切っての勝利で、決着を付けた。

           藤波と木村との抗争は、実質わずか1ヶ月間。
           あとになってみると、非常に印象は深いが、「ワンマッチ興行をやった」ということ
           以外がほとんど記憶に残らない事件でもある。

           藤波の話 「一戦一戦が新しい時代につながって行きます」
           木村は「なさけない。ファンに申し訳ない」と一言を残し、
           自分から言い出していた「負けたら町を出る」で海外遠征に。  
           ボクシング式のパンチが、レフェリー上田馬之助によって制止されたことも
           健吾の敗因として語られている。
           
           なお、健吾の稲妻が空中キャッチされたのは、この試合が初めてという。



 ・ 1月17日  長州が、藤波との対戦をアピール。徳山大会で「全日」のPWF
          選手権を守り、テレビ生中継のリングのインタビューで、藤波の
          名を出した。

 ・ 1月23日  水俣市の宿泊「松の屋旅館」で旅館破壊事件発生。新日とUWFの確執の
          あらわれとも。(詳細は別項にて)


 ・ 1月30日  神戸大会。ビガロが初参戦。藤波はバーバリアンと対戦。
          両者リングアウト。

 ・ 1月下旬   テレビ朝日の朝の番組「西川きよしの初恋談義」に藤波が
          出演。中学校時代の恩師や同級生、また初恋の人の登場に
          おおいに照れまくる。小学生のころ空を飛ぶ飛行機を見て、
          「俺も飛行機に乗れるような人になりたい」と兄に語ったという
          エピソードが披露された。また、1月14日の木村健吾との一戦
          の一部が流れた。

 ・ 2月 4日  岐阜大会。藤波は猪木と組んで、ビガロ・ソイヤー組と対戦。
          猪木がソイヤーから反則勝ち。

 ・ 2月 5日  両国でシリーズ最終戦。藤波が、長州との越境対戦をアピー
          ル。また、木村健とのタッグ解消で、IWGPタッグを返上。
           藤波は武藤と組み、前田・藤原組と対戦。引き分け。

 ・ 2月     海外遠征中の武藤が、フロリダ州タンパで海賊男に襲われる。
          この時の海賊男は猪木説が強い。海賊男ストーリーのはじまり。

 ・ 2月23日  伊勢崎で、スプリングフレアーアップ87・シリーズ(リンクは、この
          シリーズの予告・古館アナ)が開幕。
          IWGPタッグ争奪リーグ戦が行われ、越中・武藤組は前田・高田
          組と両者フェンスアウト引き分け。
           リックスタイナーの原爆固めで星野が負傷。

 ・ 3月 2日  草加大会。この日、藤波の要望で「長州力様」と書かれた席が
          リングサイドに設けられた。(マジックで書かれた白い紙が、椅子に
          貼り付けられたチープなもの) また、この日、武藤とグレイの対戦中
          海賊男が乱入、武藤を襲った。(この日の海賊男は馳。)

          藤波は猪木と組んで、ウイリアムス・リックスタイナー組と対戦。
          猪木も藤波も攻められっぱなしの展開。猪木の技も単発。
          スタイナーは「現代のヘラクレス」「筋肉ひとりじめ」と形容されて
          「筋肉の山紫水明」「龍の申し子」「人間ヤマタノオロチ」の藤波
          もかなわない。
           ウイリアムスの一発一発はすばらしい技だが、流れがない試合
          展開に、膠着状態が続き、場内は盛り上がらないまま、猪木が同士
          討ちを誘い、延髄でなんとか放送時間内に決着をつけた。
    

 ・ 3月 9日  徳島の池田で、藤波・高野組がウイリアムス・リックスタイナー組
          と対戦。リックスタイナーのバックドロップが炸裂。「筋肉製造マシン」
          のリックが予想以上にいい動きで展開。二人がかりの雪崩式の
          攻撃が高野を襲う。藤波がドラゴンリングインしたところ、ウイリアムス
          のショルダータックルを決められる。両者リングアウトにもちこんだ。

 ・ 3月11日  岡山で、藤波はウイリアムスと一騎打ち。両者フェンスアウトに。
           ウイリアムスには「闘うインディージョンズ」「人間鬼押し出し」「殺人医師」
          「殺意のベンケーシー」「人間殺戮戦車」と大変な形容がついていた。

 ・ 3月16日  岡崎大会。この日、海賊男が乱入、会場の照明が消え、暗闇の中で
          なんと、藤波を急襲。藤波は右腕を負傷。試合中も越中・武藤に狙われ、
          藤波は珍しく猪木流のヘッドバッドを多用。

           なお、この日の海賊の乱入と同時に照明が消えたことについて、
           藤波は、写真集「藤波戦争」の中でのタモリとの対談で話題にしている。
           タモリ「あの海賊男、何とかしてくれ」
           藤波「そのうち、なんとかなるでしょう(笑)」

 ・ 3月20日  後楽園でIWGPタッグ王座決定戦。越中・武藤組が、前田・高田組を破っ
           て王座獲得。シリーズ最終戦。藤波は坂口と組みウイリアムス・グレイ組
           に勝利。
 
 ・ 3月25日  猪木の闘魂ライブの調印式に、マサ斉藤の代理として長州が登場。
           猪木、藤波と握手をし、新日へ復帰をアピール。

 ・ 3月26日  大阪城で、猪木・マサ斉藤の試合に海賊男が乱入し、大暴動に。
           猪木と斉藤の25分間の「熟練プロレス」に水を差した。海賊は
           斉藤に手錠をかけて拉致。猪木は放送席の山本に罵声。怒った山本
           小鉄がリングにかけあがり、猪木に平手打ちをくらわせた。この日の
           海賊は、クロネコ。段取りを忘れて、暴動を引き起こしてしまったという。

           この日の放送で実況が終了する古館アナのためのセレモニーがあり、
           猪木・藤波ら全選手による胴上げがなされた。藤波はこの日、試合が
           組まれず、リングにあがったのは、このときと、試合後の暴動時のみ。
           なお、この日も長州用の特別席が設けられたが、あらわれず。
           IWGPタッグ選手権は、前田・高田組が越中・武藤組を破って王座奪取。
           この日の興行は「INOKI闘魂LIVEパート2」と銘打たれ、女子プロレス
           の試合も行われた(ミスAとハーレー斎藤戦)


 ・ 3月29日  新番組のPRのため渋谷の東急百貨店屋上で催し。猪木・藤波・
          坂口・越中・高野らが数字当てや卍固めゲーム。
 ・ 3月31日  この日発売の、週刊プレイボーイに、「猪木さん、アンタの時代はおしまいだ。
          藤波辰巳」が掲載された。表紙は渡辺典子。グラビアは安田成美。


 ・ 4月 6日  後楽園でブレイジングチェリーブロッサムビガロ87・シリーズ開幕。
          猪木がビガロと一騎打ち。ラリーシャープの乱入で反則勝ち。

 ・ 4月 7日  「ギブUPまで待てない!ワールドプロレスリング」スタート。
           新しいタイプのプロレス番組を、ということだったが、スタジオ
           での「悪ふざけ」がせっかくの試合に水をさした。
           バンバンビガロをゴジラのようにしたフィルムや、試合前のイン
           タビューも要領が悪かった。最初の中継試合が前田・木戸組であ
           ったが、生中継(を装った)その試合の結末がレフェリーのミス
           のようにも見え、さらに試合後、山田邦子が前田をゴキブリにた
           とえたギャグをとばしたり、2つ目の中継試合の藤波・越中組の
           熱戦を放映する途中に山田邦子の醜い顔がアップになるなど、プ
           ロレスに対する愛情のひとかけらもない最低の番組だった。

 ・ 4月 8日  後楽園で、藤波はビガロと一騎打ち。しかし41秒で反則勝ち。
 ・ 4月13日  広島で、藤波はビガロと一騎打ち。回転エビ固めで敗れる。
           この試合を前に広島駅で番組用のインタビューを受けた。

 ・ 4月27日  両国で、シリーズ最終戦。猪木と斉藤が一騎打ち。途中から
          突如ノーロープデスマッチに。客席に長州軍団があらわれる。
          長州は、場外フェンスの外から藤波にハリ手をくらわす。
           藤波はビガロにリングアウト勝ち。越中が試合中に右足負傷。

 ・ 5月 5日  長州が挙式、品川のパシフィックホテルでの披露宴に藤波、猪木
          マサ斉藤、前田らが出席。これをテレビ朝日が独占中継。

           藤波「この前(4月27日)、一発やられているから、でも、
               こういう場なので、今日は、止めておきました(笑)」

           このころ坂口と馬場のあいだで、長州問題について話し合いを
          重ねるも、進展していなかった。

 ・ 5月11日  後楽園で87IWGPチャンピオンシリーズ開幕。IWGPを正式に
          タイトル化し、王座をリーグ戦で争う。公式戦で、猪木がブルックス
          を破る。藤波はジョージ高野と組み、マサ斎藤・スコットホール組に
          敗れる。また、前田はヒギンズに勝つ。長州軍も姿を見せる。

 ・ 5月13日  札幌での藤波・マサ斉藤戦に長州が乱入。ラリアートを決める。
 ・ 5月14日  札幌での藤波・マサ斉藤戦に連夜の長州乱入。サソリ固めを決
          めて離さず、藤波は右足骨折。この後欠場を余儀なくされた、

 ・ 5月18日  千葉大会で、マサ斎藤と公式戦の前田が、長州軍のマシンに暴行され
          負傷。以後欠場する。
 ・ 5月21日  入院中の藤波を長州が見舞った。
 ・ 5月23日  この日の日刊スポーツの一面に「長州、藤波、新団体へ」と報道
          される。入院中の藤波を長州が見舞ったことのスクープと関連づけて
          の報道であった。。
 ・ 5月     「ギブアップまで待てない」の番組で、藤波の入院中の模様が
          放送された。藤井アナのインタビューに答える藤波は、復帰まで
          じっとしていられないという気持ちをあらわにしていた。

 ・ 6月 1日  名古屋大会で、長州が出場。
 ・ 6月 9日  大阪府立大会。長州は藤原と一騎打ちで勝つ。この日は
          海賊男(馳?)が「ミスターパートナー」という人をくった名前で登場し
          試合もしてしまった。この日行われる予定だった猪木・藤波戦は
          藤波の負傷欠場のため中止となった。

 ・ 6月     藤波はNHK番組「昼のプレゼント」にかおり夫人と共に出演。司会
         の桂文珍や松岡きっこと対談。ウエディングケーキの制作会社の話
         題も紹介された。藤波夫妻の結婚式のようすも写真で紹介され、披
         露宴にリングを持ち込み試合をしたことなどが話題となった。

 ・ 6月12日  両国でシリーズ最終戦。IWGP王座決定戦は猪木とマサ斉藤で
          闘われ、猪木が勝って初代チャンピオンとなった。なお、この後、
          リング上で「ニューリーダー」の同盟が発足。世代抗争始まる。
          解説席にいた藤波もスーツのままでリング上にあがり、アピール。
          なお、このニューリーダーの構想は、「ギブアップまで待てない」
          の番組中で、「ファンからの声」として紹介されていたとおりのもの
          であった。

 ・ 6月     藤波は「ギブアップまで待てない」の番組にゲスト出演し、12日の
          両国での出来事について語った。長州が出演できずぎこちない様子
          が随所に見られる構成であったが、世代交代については、厳しい表
          情で決意を述べた。

 ・ 6月16日  藤波と天龍が越境会談。
 ・ 6月18日  東京のホテルに、ニューリーダー(藤波・前田・長州・木村)が
          集結。
 ・ 6月22日  藤波の個人事務所「ドラゴン・ファミリー」が正式に発足。
 ・ 6月23日  藤波・前田・長州・木村がリキプロダクションに終結し会談をも
          ち、その後、喫茶店で記者会見。世代交代をアピール。

 ・ 6月29日  後楽園でビッグサマーファイトシリーズ開幕。藤波はバイオレン
          ス・ウォーロードと対戦し、両者フェンスアウト。

 ・ 7月 6日  この日、青森から函館へ移動する。藤波は青函連絡船の操縦室に
          入れてもらい、操縦させてもらう。(※注。本当に、いいんだろうか?)
           藤波「どうだ!揺れたろ(笑)」
          

 ・ 7月15日  大型写真集「藤波戦争」がアドホウムズ社より出版される。

 ・ 7月     バラエティ番組「いきなりフライデーナイト」にゲスト出演。
          渡辺徹・山田邦子を相手に「ドラゴン・プッシュボード」の実演
          と、「藤波戦争」の宣伝も。昔のテレビ番組を一緒に観るコーナー
          では森末を交えて「恐怖のミイラ」(注。マミーではない)を観た
          あと、若手の橋本も登場して「道場の怖い話」を披露。橋本は
          渡辺徹によく似ている。番組最後の懸垂のコーナー、藤波が挑戦。
          橋本が「15回は行けよ」と小声でささやくが、藤波の懸垂は5回。
          

 ・ 8月 2日  両国でシリーズ最終戦。猪木がビガロを相手にIWGPタイトルを
          防衛。6人タッグで、藤波・長州・木村組対、坂口・マサ・藤原組
          が対戦。藤波と長州が3年ぶりに合体。

 ・ 8月 3日  藤波は、テレビ朝日の番組「日本列島釣り歩き」の収録のため
          兵庫県の山南町でへらぶな釣りに挑戦。。翌4日にも再度挑戦。

 ・ 8月19日  両国でサマーナイトフィーバーイン国技館大会。世代抗争イル
          ミネーションで、新世代(藤波・前田・長州・木村・マシン)が勝
          つ。旧世代は、猪木・坂口・星野と、なぜか藤原・武藤。藤波・
          長州の2人残り。この日は、館内FMでの実況放送が行われた。
          (翌20日にも)
 ・ 8月20日  両国でサマーナイトフィーバーイン国技館大会。藤波・長州組
          は猪木・武藤組と対戦。藤波組の勝ち。アニマル浜口の引退
          式も行われた。
           この日、イタリアのテレビ局が人気投票第1位となった藤波に
          対し記念品を贈った。

 ・ 8月24日  後楽園で戦国合戦シリーズの開幕。

 ・ 8月29日  藤波「中途半端な世代闘争よりも、長州と闘いたい」と発言し、
          世代闘争に疑問符を投げかける。
           藤波は、世代交代ならば、猪木と闘う決意であったが、連日、外人との
          闘いばかりであった。

 ・ 9月 7日  京都で、藤波は前田と組んで、猪木・藤原組と対戦。勝利する。
          詳細は  

 ・ 9月14日  藤波は岡山で、久しぶりの、猪木との対戦。猪木は若い武藤・高田に
          任せて、自らはほとんど出ず、藤波とはにらみあいと、張り手だけで
          すぐに交代した。マシンと小林邦明も奮闘するが、藤波も、また猪木
          ファンも不完全燃焼の試合だった。(試合は高田が小林を押さえ込み)

 ・ 9月17日  大阪で世代抗争イルミネーション。旧世代が勝つ。最後は猪木
          とマサ斉藤が藤波を血ダルマにする。マサがなおもいたぶり続け
          ようとするが、見かねた猪木がタッチして飛び込み藤波をフォール。
          この勝利後、巖流島をアピールした。

 ・ 9月19日  後楽園大会。控え室に、たけし軍団があらわれる。
 ・ 9月20日  成田でシリーズ最終戦。

 ・10月 4日  巖流島で猪木がマサ・斉藤に勝つ。2時間5分14秒、裸絞め。
          
 ・10月 5日  後楽園で闘魂シリーズ開幕。猪木は欠場。藤波と長州が3年ぶ
          りの対決。長州の対戦相手はコインのトスによって決められ、前田
          ではなく藤波となった。試合は、2度の延長の末、無効試合に。
          ひさしぶりの対決に、新鮮な印象の好試合であったが、最後の
          長州の腕ひしぎで、藤波が腕を負傷し、試合続行不可能に。
          この日からテレビ放送が、再び月曜8時からに。

 ・10月 6日  月寒でイルミネーション。藤波軍が前田以外の4人残りで勝つ。
          試合後、藤波は欠場の猪木に「猪木。見たか。ざまあみろ!」と叫ぶ。

 ・10月 9日  新日事務所に「挑戦状」を持ってあらわれた「たけし軍団」に、
          「100年早い!」と小鉄が激怒。(このことと12月の暴動については、リンクも参考に)

 ・10月19日  富士大会。猪木が、山田と組んで、藤波・長州組と対戦。
          山田が敗戦した直後、1対2の変則マッチに。藤波が猪木に原爆固めを
          決めるも、長州の常套手段「裏切り造反」で藤波がやられ、無効試合に。
          長州の人間性が如実に現れた試合展開だった。
           この長州の行動について、若手の山田が「きたない!人を裏切るな」と発言。

 ・10月25日  両国国技館でシリーズ最終戦。突如復活した3本勝負での対戦で、    
          長州が2対1で藤波に勝つ。藤波は回転足折り固め、長州は原爆
          固めを出す。藤波の腰の状態が悪く、意外な結末であった。
          なお、この試合はメインで行われ、猪木がセミファイナルに回った。
          
          
          大会終了後、東京大飯店での打ち上げパーティーで、猪木と藤波

 ・10月28日  藤波は「笑っていいとも」のテレホンショッキングに生出演。前日の
          野末陳平からの紹介。タモリとプロレスについて、またアンドレの超
          人的なエピソードについて対談する。翌日のチェリッシュにつなぐ。

 ・10月29日  藤波は「笑っていいとも」のテレホンショッキングにまたもや出演。
          チェリッシュとの食事の約束という口実。かおり夫人とこどもも出演。

 ・11月 5日  フジテレビで「クイズ、ドレミファドン!」新日本プロレス大会を録画。
          藤波のほか、船木、山田、越中、武藤らが出演。藤波は船木とタッグで
          クイズや「リング歌合戦」に登場。放送は12月6日。

 ・11月 9日  後楽園で87ジャパンカップ争奪タッグリーグ戦シリーズ開幕。
          藤波・木村組が長州・斉藤組を破る。

 ・11月12日  沖縄・宜野湾大会。藤波はマードックと一騎打ち。この試合は、両者リング
          アウト引き分けになった。試合中、藤波がマードックのタイツに手を掛けたが、
          マードックが、タイツの下にもう1枚タイツをはいていた。逆にマードックが藤波
          のタイツを下げたため、藤波のお尻が出るという対戦となった。

 ・11月19日  後楽園大会。藤波・木村組が猪木・マードック組と引き分け。また、
          メインの6人タッグの試合中、前田が長州の顔面を蹴る。
           この負傷で長州は欠場。前田を無期限出場停止処分に。
 ・11月24日  移動中の新日選手と全日選手が羽田空港で遭遇、猪木と馬場・ド
          リーが再会、藤波は鶴田と食事。

 ・12月 7日  大阪府立でシリーズ最終戦。藤波・木村組が猪木・マードック組み
          を破り優勝。試合後、藤波はリングサイドを取り囲むファンに握手を
          してまわる。試合後いつまでも鳴りやまない「大ドラゴン・コール」

 ・12月12日  藤波がハワイで謎の海賊男に襲われる。(詳細未詳)

 ・12月19日  横浜そごうデパートで、もちつき大会。猪木と藤波の師弟コンビが仲良く
          もちつきを披露した。
 ・12月中旬   週刊ゴングの企画で、藤波と天龍が対談。
    
 ・12月25日  新日本プロレス道場で年末恒例のもちつきが行われた。

・12月25日  新日本プロレス道場で年末恒例のもちつきが行われた。
          猪木の話「87年もいろいろあったが、最後もまた何か起きそうだ

          

 ・12月27日  両国でイヤーエンドイン国技館大会が大暴動となる。

          藤波・木村組対 ベイダー・マサ斎藤組 が組まれていたが、そこへたけし軍団がリングイン。
          タカやダンカンの挑発に、猪木がのり、
          メイン予定の猪木・長州戦が、たけし軍団の挑発によって変更。
          これには、熱い観客は大ブーイング。
          この挑発では、ビートたけしもリング上に。   
          
          「この時は、お客さんがモノを投げて、2リットルのペットボトルも中身が入ったまま飛びかってるんだよ。これはホントに
           危ないって思ったんで、オレはセコンドについてる若手たちに「今日はリングの中じゃなくて、外向いて客を見張ってろ」っ
           て指示したのを覚えてる。」(越中の証言)

          猪木がリング上で「どーですか?(お客さん!)」
          急遽カードが変更されたセミのタッグ戦ではリング上にものが投げ込まれ、
          「やめろ」コールの中で行われるなど
          藤波・木村組 対 マサ・長州組となったが、「やめろコール」とひっきりなしに
          ものが投げ込まれ、異常な事態でのタッグマッチとなった。試合そのものは4人の
          凝縮したすばらしいタッグマッチだったが、その後、長州が「猪木と対戦させろ」と
          アピール。

          長州は、猪木戦も闘うことになる。
           まともな試合でなく、長州が、猪木によって血だるまにされ、ケガから復帰の長州の
          顔面にナックルをぶちこむ。長州はバックドロップで1度だけ返すのが精いっぱいだった。
          蹴りや頭突きを繰り出し、なぶりころしのような攻撃から、卍固め。長州は耐えるも、馳が
          飛び込んで反則負け。観客の大ブーイングを起こしてしまう。勝ち名乗りが、少しも嬉しくなく
          これほど無視される猪木も珍しい。
          
          さらに、メインでは、この日2試合目の猪木が、初登場のベイダーにパンチを3発と、ヘッドバット
          リフトアップからコーナーに逆さ吊り、そこへ走りこんでのタックル。ブレーンバスター、ラリアートと
          技を連続で受けて、大の字。数人の「猪木コール」が聞こえたが、アバランシュホールドで、
          簡単に負け、ついに、観客の怒りは最大に。

          大暴動となる。この日の試合のことについてはこちら(新しい枠で表示)

          翌日の「東京スポーツ」の一面「猪木が悪い!

          藤波の話。「17年間プロレスをやってきて、あんな屈辱は
                なかった。くやしくて眠れなかった」


            なお、2001年末にだされたミスター高橋の著作によると、
               この暴動騒ぎの元は、ベイダーとの対戦(負け)を拒否した藤波にあり
               猪木はこの後も藤波に対する憎しみを増幅させていったという。


            2012年の藤波の「未完のレジェンド」によれば、高橋の話は全くのお門違いで
            もしそういう話があれば、積極的に関与してゆくと否定。(高橋の本は、なぜか藤波さんには厳しいからな〜)


         また、2012年7月の「たけし軍団」の番組では

         たけしが、「両国で(試合前に)長州力なんかと挨拶してて、(長州さんがサイン下さいというから)
              サインや写真撮ったりしてあげてて、
              (そのあと)試合をダメにするためにオイラ(リングに)入って行っちゃったんだよな」
              「途中で、乱入ということで。(関係者が)入ってくれというから。さっきまで(長州さんは)
               笑顔だったのに、上がって言ったら
               『殺すぞこの野郎!』って。ちょっと待ってくれよ、話しが違うじゃねえかって(苦笑)。
               ビール瓶は飛んでくるしよ。オイオイって」
               
         ベイダーの話「今日は(試合が)なくなったというから、ビール飲んでたら、マサが「すぐに来い!」と
                  呼びに来た。あわてて出て行って、あの試合だ」(2012年)



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ラバーソウルみなみ