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 ドラゴン大年表 

  昭和60年(1985年)  秋に猪木・藤波の名勝負。年末、藤波は猪木から初フォール。 藤波夫妻のテレビ出演。

                          



 ●昭和60年(1985年)  31歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
試合・大会関連  タイトルマッチ  トピックス 主なエピソードなど
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1月4日 プロレス大賞について

 ・1月 1日  後楽園で新春黄金シリーズが開幕。藤波は猪木と組んで、ホーガン・
         サモアン組と対戦。無効試合となる。(理由、調査中)
         このシリーズは、ストロングマシン3号(ヤス藤井)に加え4号(ヒロ佐々木)
         も登場し、1号2号、ヒロ斎藤、ワカマツと共に軍団を結成。乱入を繰り返し
         た。3号4号はときどき試合にも登場。
 ・ 1月 2日  藤波が土浦市でサイン会を行う。

 ・ 1月上旬  藤波・鶴田・ストロング小林・ミスター珍らが出演したフジテレビ系列の
         お正月番組が放映された。ピコピコポンなどの各種ゲームを楽しむ。
          
         中でも、藤波とタレントとのゲーム対戦や、鶴田と小林の対戦もあって、
         プロレスではなかなか一緒にならない顔ぶれが楽しめた。

 ・ 1月 4日  東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」で、藤波は敢闘賞を受賞。
          また年間最高試合賞も(8月2日の長州戦で)受賞した。
          この日の富士大会では、バンディがメインの6人タッグに初登場。
          藤波とも手をあわせた。 
 ・ 1月 8日  宮城・亘理大会では、ストロングマシン4号も試合に登場。

 ・ 1月21日  ビデオパックニッポンからビデオ「炎の飛龍・藤波辰巳 若きドラゴンの勇姿」
          が発売された。ジュニア時代のエストラーダ戦、カネック戦、剛戦などを収録。
          60分で10825円。なお3月5日には、LD版、VHD版も発売された。

 ・ 1月25日  徳山大会で、猪木とブッチャーの一騎打ちが組まれ、猪木が快勝。
          藤波はバンディと両者リングアウト。

 ・ 1月31日  船橋大会で、藤波は上田と一騎打ち。わずか31秒で回転エビ固め
          の勝利をあげる。(藤波の最短試合時間と思われる)

 ・ 2月 5日  藤波は名古屋でホーガンと一騎打ち、大いに攻め込むも、一瞬の斧
          爆弾で敗れる。猪木がバンディとボディースラム賞金マッチ。両者決まらず。

 ・ 2月 6日  藤波は大阪で連夜のホーガンとの一騎打ち。追い込まれたホーガンが
          場外乱闘後、藤波の足をひっぱる姿で両者リングアウト。猪木は、再び
          ボディースラムマッチでバンディと一騎打ち。試合には勝ったものの、ボディ
          スラムで投げられ、賞金1万5千ドルを奪われる。
           なお、このシリーズ最終戦で、はじめてマシンの4人が揃って試合に登場した。

 ・ 2月13日  ハワイ遠征。坂口・アティサノエ組がポリネシアンタッグ王座に挑戦したが
          反則負け。藤波は、マシン1号との対戦に反則勝ち。猪木がヒギンズに勝つ。
          当初の予定では、藤波はスヌーカと、猪木はアイアン・シークとの対戦予定で
          あったという。

 ・ 2月14日  ハワイ遠征。ホノルルのテレビスタジオでのテレビマッチ。
          藤波は、ジプシー・ジョーにフォール勝ち。さらに、マグネットという選手と対戦し
          回転エビ固めで勝つ。

 ・ 2月18日  この日、藤波夫妻の出演した日本テレビ系の「やすきよのスター爆笑Q&A」が
          放映された。同時刻に、フジテレビ系では「夜のヒットスタジオ」を放送。それに
          猪木が出演し、テレビ朝日系以外の局で同時間に出演ということになった。
          

 ・ 3月 1日  後楽園でビッグファイトシリーズ第1弾が開幕。デビッド・シュルツが古舘アナに暴行。

 ・ 3月  日  古館アナがフジテレビ系列のテレビ番組「笑っていいとも」に頭に包帯
          をして出演。自分のコーナーの中で、「シュルツに暴行を受けたこと」を
          話題に。しかも、その事件を1面に取り上げた「週刊・ザ・プロレス」紙を
          持ち込み、「猪木も負傷」という記事より大きい。 と自慢気に話す。

 ・ 3月 4日  藤波の出演したドラマ「少年隊ショーアップ・ハイスクール」が放送された。
          藤波の役は、高校生にプロレスを教えるプロレスラー。地のままでやれるはずだが
          ディレクターからの指示にあがってしまい「サソリ固めの足を左右間違える」ほど
          緊張していたという。

 ・ 3月 5日  藤波がゲスト出演したドラマ「毎度おさわがせします」の収録がTBSで行われた。
          前夜、福島県の試合に出場し、夜行列車で横浜入り。レギュラーのクラッシュギャルズ
          と共演した。
          

 ・ 3月 5日  「俺が天下を取る」藤波辰巳著が、ワニブックスより出版された。
          また、この日、ビデオパックニッポンからのビデオ「炎の飛龍・藤波辰巳 若き
          ドラゴンの勇姿」(1月21日発売のLD版、VHD版が発売された。ビデオに加
          えて、海外での試合も収録され、83分で9537円であった。

 ・ 3月 8日  横浜大会。当初、猪木・藤波組とシュルツ・ヒギンズ組の対戦が予定され
          ていたが、古舘アナへの暴行を怒った猪木がシュルツと一騎打ちに変更。

 ・ 3月15日  鹿児島市大会。この日テレビ朝日系列のテレビ番組「うそつきグランプリ」
          の収録が行われた。小鉄と古館アナが藤波をだますという設定で、結局は
          古館アナがだまされるというもの。リング上で藤波と古館アナが対戦する場
          面もあった。

 ・ 3月16日  6人タッグで、猪木が乱入した4号をフォールして勝つ珍事が
          起きた。連日マシーンズとの乱戦が続く。

 ・ 3月21日  後楽園でシリーズ最終戦。全日プロに参戦していたブルーザー・ブロディ
          がリング登場。猪木との対戦をアピール。
          なお、この日、ビデオパックニッポンからビデオ「炎の飛龍・藤波辰巳 栄光の
          ヘビー級王座」が発売された。ジノブリッド戦、スーパスター戦が収録され、
          40分で9476円であった。

 ・ 3月25日  「ビッグレスラー」誌が「ザ・レスラー」に改題され、その第一号が発売された。
           表紙に藤波が起用され、ブロディ戦などのグラビアや記事が掲載された。
           その中で、2月6日の対ホーガン戦を見た猪木が絶賛、WWF本部にビデオを
           送って、俺と同格と認めさせる、と発言という記事が載った。
          

 ・ 3月29日  藤岡でビッグファイトシリーズ第2弾が開幕。ビりージャックが初来日。
 ・ 4月15日  後楽園で猪木とブロディの公開スパーリングが有料で行われた。

 ・ 4月18日  両国でシリーズ最終戦。藤波は、ストロングマシーン1号と一騎打ち。

          技と技の攻防は、マシンの実力を示す好試合に。最後はワカマツが場外
          から粉を投げつけ、それを藤波がかわし、粉はマシンの顔面をを直撃。す
          かさず飛龍原爆固めを決め勝利した。この日、猪木とブロディが初対決。
          なお、この日、ヤングライオン杯の決勝戦が小杉と山田で行われ、藤波が
          レフェリーをつとめた。

 ・ 4月20日  朝日放送の朝のテレビ番組に猪木と藤波夫妻が出演。猪木は
          ブロディ戦の負傷のため右手を吊って出演。藤波夫妻の馴れ初めや
          藤波が猪木にあこがれてレスラーになったことなどが話題となった。
          番組中に、「僕はまだ猪木さんのサインをもらったことがない」という藤波に
          猪木からサイン入り色紙が渡される。

         「藤波君へ、闘魂。アントニオ猪木

          また、藤波の傷の手当をかおり夫人がするという話題では、猪木は
          「なめて直すのか。だははは」と絶好調。藤波は終始緊張気味。

 ・ 4月22日  藤波がMSGに出場。マット・ボーンに原爆固めを決めて勝つ。
 ・ 4月25日  全日本に辞表を提出した越中と坂口が会談。

 ・ 5月 2日  藤波が「国際スポーツフェア」でファッションショーのモデルに
          なって登場。
 ・ 5月 5日  大阪のデパート屋上で、ファン感謝デーのイベント。

          質問コーナーでゲストのドラゴンにあるファンが
             「藤波さん、プロレスサミットはどうなったのですか?」という質問をしました。
             ちょうど前年の暮れにプロレスサミットが提唱されたところだったのです。 
             ファンが皆ドラゴンの返事に期待していたところ、
             「いや〜どうなったんでしょうね?」とあっさりかわしたドラゴン。 
             でもそんなドラゴンが好きだ!
  (情報提供:ロケットさん)


 ・ 5月10日  福岡で、IWGP&WWFチャンピオンシリーズ開幕。IWGPはタイトル
          化されることとなり、今回のトーナメント勝者と猪木によって決勝戦
          が行われ、勝者が初代チャンピオンとなる。

 ・ 5月13日  大分でWWFインターのタイトルをかけて、藤波がジミー・スヌーカと
          対戦。両者TKOでタイトル防衛。

 ・ 5月17日  熊本で、藤波はマイク・シャープと対戦し勝つ。
          その後、ワカマツらが乱入。藤波に襲い掛かると、記者席で藤波の試合を見ていたマシン1号が
          リングインしてワカマツを殴りつけ、て場外に落とした。そうしておいて、マシンは藤波に対戦をせまる。

          藤波はマイクをもつと、「お前は、平田だろう!」
          正確には(リング上でマイクを持ち、1回目は聴き取り不能、2度目に)
          「お前は、平田だろう! ファンはみんな知っているぞ。もう、そんなマスクなんか
          外して、せいせいどうどうと、勝負して来い!」

           すると、マシンは、自らマスクを脱ぎ捨てた。
          場内が歓声に沸くが、マシンはタオルを頭からかぶってマスクを脱いだので
          顔はわからず。

           ※「お前は、平田だろう」は、その後、藤波の名言(迷言?)のひとつとなる。その際、

             「プロレスラーとして、絶対秘密のマスクマンの正体をあかすなんて、ひどい」
            
             というような、表面的な事象がひとりあるきしているが、このときの藤波の行動は、実際には、
             マスクをつけてマシン軍団と対抗する平田に、新展開をもたらそうとしたもの。
             翌日、猪木も「お前は、平田だ〜」をリング上で、藤波とともにやっているが、
             これは話題にならず。

           この後、週刊プロレスは「平田は、いつ、マスクを脱ぐか」クイズをやって、誌面で
           盛り上げようとするが、ファンはこの悪乗りには付き合わず、また、一向にマシンは
           マスクを脱がず、この企画は尻つぼみとなった。(週プロらしい悪乗りですね。)

 ・ 5月18日  後楽園大会で、メインの猪木・藤波組が、バックランド・シャープ組と対戦。
            試合終了後、マシンが挑発。藤波が「マスクを取れ!」と迫ると、マシンがマイクアピール。
           こんどは、猪木が「お前は、平田だ」
            この日はマシンはセントクレアーと対戦し原爆固めで勝利。そこへワカマツが乱入し、
           マシンが攻撃。マシンはワカマツから「マシン軍団追放」を宣言された。
             

 ・ 5月24日  新設の「WWFインタータッグ」選手権の決定戦で、藤波は木村と
          組みマードック・アドニス組を破り、初代王者になる。またこの日、
          マシン1号が、藤波にタイトルをかけて戦うように要請し、藤波が
          はっきりとした返事をしない限り、試合には出場しないと、以後欠場。

 ・ 6月 5日  新潟で、藤波は坂口から初フォール勝ち。決勝に進出する。
 ・ 6月 6日  仙台で藤波・木村組が、WWFインタータッグ戦で、マードック・
          アドニス組と引き分け防衛。この日猪木はバンディにリングアウト
          で勝つ。
 ・ 6月 7日  藤波は、猪木との対戦権をかけてジャイアントと一騎打ち。惜しくも
          敗れて、猪木との対戦権は得られず。藤波は前から、IWGPとは別枠
          で猪木との対戦をコミッショナーに要請するも、猪木はあくまでもトーナ
          メントで勝ち上がるように要請していた。

 ・ 6月10日  この日発売の雑誌「宝島」で、藤波とハウンドドッグの大友庸平との対談
          が掲載される。ステージとプロレスの共通点や、猪木の話題が展開される。

           藤波「猪木さんなんて、本当に人を殺しかねないですよ」

          最後に藤波が自分の新テーマ曲を依頼?するところで終わる。
           藤波「僕のテーマ曲、猪木さんのボンバイエに負けてます」
           大友「うちの「ラストヒーロー」なんか使って下さい」

 ・ 6月11日  東京体育館で、藤波はホーガンのWWFヘビーに挑戦。ホーガンの
          アックスボンバーからエビ固めで敗れる。この日、IWGP優勝戦が
          行われ、猪木がジャイアントにカウントアウトで勝ち、優勝した。
          また、10日に死去した吉原功氏の追悼10カウントが鳴らされた。
 ・ 6月12日  横浜大会。猪木・坂口組は、ジャイアント・ホーガン組に敗れる。
          藤波はマードックと両者リングアウト。
 ・ 6月13日  シリーズ最終戦。名古屋で猪木がホーガンの挑戦を受けたIWGP
          ヘビー級選手権試合は、リングアウトで猪木が勝ち、初防衛。この日
          のセミで、藤波・木村組とマードック・アドニス組は、両者リングアウト
          の後、延長戦を行うも、再び両者リングアウト引き分け。

 ・ 6月28日  品川プリンスホテルで「バーニングスピリット・イン・サマー」シリーズ開幕。
          猪木・藤波組が、ブロディ・アレン組と対戦し、両者リングアウト。

 ・ 7月12日  後楽園で、藤波・木村組がアレン・バンディ組の挑戦を退ぞけ、WWFインタータッグ
          タイトル防衛。

 ・ 7月19日  藤波は、札幌でスーパーストロングマシンとWWFインター戦。試合は
          ワカマツらマシン軍団の乱入で、無効試合と裁定され、7回目のタイトル
          防衛(?)も、 タイトルはコミッショナー預かりとなった。これがこの王座の
          最後の防衛戦となった。

 ・ 7月     雑誌「男性専科」(DANSEN)8月号に、藤波の特集記事が掲載された。
           三橋達也や早見優らと同じモノクロ2ページ。

 ・ 7月28日  大阪で、藤波はスヌーカと一騎打ち。原爆固めで勝つ。猪木はブロディ
          に反則負け。
 ・ 8月 1日  両国で、藤波はスヌーカと一騎打ち。敗れる。猪木は、またもやブロディ
          に反則負け。この日、越中がアジア・プロレス代表で新日マットにあがる
          こととなりコブラに挑戦宣言。

 ・ 8月 3日  ハワイ遠征。藤波は木村と組んで、フルトン・ルイス組と対戦。勝利。

 ・ 8月 5日  長州が、ジャパンプロレスの興行の大阪城で、「鶴田・藤波と、俺たち
          の時代だ!」宣言。マシンも登場し、リング上で長州と握手。

 ・ 8月12日  藤波は、目黒のポリドールレコード第1スタジオで「ドラゴンたいそう」の
          レコーディングを開始。B面は、企画中とのこと。(発売は11月1日)

 ・ 8月15日  藤波は、自宅で記者に応え、「俺と長州の違いは、俺は猪木さん馬場さんに
          憧れて入ってきた人間で、長州はプロレスに就職してきた」と語った。

 ・ 8月23日  東村山で、チャレンジスピリット85・シリーズ開幕。メインの猪木に対し、試合前に
          藤波がリング上でマイクアピールをした。
          「猪木さん、もう待ったなしだ」
          なお、アンドレ・ザ・ジャイアントがマスクを被ってジャイアント・マシーンとして出場。
          このアンドレの変身は、ファンの度肝を抜いた。

 ・ 8月29日  開幕前に離脱したマシン・高野・ヒロ斎藤が記者会見をおこない、今後は
          カルガリー・ハリケーンズとして独立すると発表。
 ・ 8月30日  山形で、藤波・木村組がヒギンズ・ブラウン組を破り、WWFインタータッグの
          タイトル防衛。
 ・ 9月 6日  碧南大会で、藤波はスーパーマシーンと対戦。反則負け。また、猪木は
          ジャイアント・マシーンにフォール負け。このときのレフェリー高橋のレフェリング
          が、いわゆる「疑惑のレフェリング」だった。

 ・ 9月13日  宮崎でジャイアントマシーン(アンドレ)と対戦。途中で、逆エビ
          に捕らえる。また回転エビ固めも決め、ミスター高橋レフェリーの
          「疑惑のレフェリング」のため、まぼろしのスリーカウントとなった。
          若松がエプロンにのぼって、アジテーションという作戦がうまく、逆上
          した藤波は、高橋レフェリーをボディスラムに投げつけて、反則負け。
          このあとに登場の猪木も、スーパーマシーンに反則負け。
           福岡での試合は、猪木・藤波組に変更、しかもレフェリーは山本小鉄
          で完全決着、と宣伝した。

 ・ 9月18日  福岡で、猪木・藤波組が、マシーン組と対戦。藤波がスーパーマシーンを
          抑え込んで快勝。

 ・ 9月19日  東京体育館でシリーズ最終戦。、藤波は猪木と対決。

          「実力世界一」ベルトをかけ、観客動員が急激に落ち込む中での師弟対決。
          藤波は、試合途中で、飛龍原爆固めを決めさらに、7分近くにおよぶ足4の字固め
          で追い込むも、猪木は「俺の足を折れ!」と挑発。

          最後は35分29秒、「紙一重の差」で、猪木の連続の卍固めにレフェリー・ルーテーズが
          試合をストップ。藤波は敗れた。

          試合終了後、リング上で上田馬之助が両選手に握手。この試合は
          「週プロ」主催の「グランプリ・ベストマッチ賞」になった。特別レフェリーの
          ルー・テーズはこの試合に感化されて、
          試合後「猪木と藤波の師弟関係がうらやましい」と発言し、自身が現役復帰をめざす。

          藤波は「マッチョ・ドラゴン」のテーマ曲で入場。

             試合後の藤波の話。
               「僕が猪木さんの足を折ったら、会社はどうなるんですか」

 ・ 9月19日  藤波は猪木戦のあとテレビ朝日に直行。「愛川欽也の探検レストラン」
          に生出演。かおり夫人と豪華な料理に舌包みをうった。この猪木との対戦の後で
          バラエティ番組に出演したことについて、「全力を出し切っていない藤波」という的
          はずれな批評を、松浪健四郎が週刊プロレス紙上に展開し、失笑をかった。

 ・ 9月20日  台湾遠征へ。21日にセントクレアーに勝利するも、左ひざの負傷が悪化
          し、欠場。26日には、負傷をおして、猪木とタッグを組み、スーパースター・セントクレア
          組と闘かった。藤波の試合出場はこの2戦だけ。遠征自体は27日まで。

 ・ 9月29日  横綱北の湖の断髪式に、藤波が猪木とともに出席。土俵上で神妙な顔つきで
          ハサミを入れた。


 ・10月 4日  札幌中島で、バーニングスピリットインオータム・シリーズ開幕。この日特別参加
          のケリー・ケビンのエリック兄弟と藤波・木村組が対戦した。WWFインタータッグ
          をかけた戦いは、両者リングアウトで引き分け、タイトル防衛。試合後、藤波は入院。

 ・10月 9日  藤波は、左ヒザの負傷がまた悪化し、東京逓信病院320号室に入院し、この日
          半月板を手術。経過は順調で15日に抜糸。。
          このため、シリーズ最終戦の31日東京体育館大会まで全日程欠場となった。
          なお、週刊プロレスのテレホンサービスで入院中の藤波のメッセージを聞くことが
          出来た。

 ・10月     このころ、朝のこども番組で、藤波の「どらごんたいそう」が放映され、ファンを驚かせた。
          テレビ朝日の幼児番組「ぱっくんたまご」での藤波は、ピンクのトレーナーで画面に現れ、
          「さあ、みんな。ドラゴン探検隊に入りたい人は、集まれ!」と呼びかけた。
          テロップでは「ふじなみたつみ」と紹介していた。番組自体は86年3月まであったが、
          藤波の「たいそう」がいつまで放映されたかは未詳。


 ・10月31日  契約切れによりWWFインターなど王座を返上。


 ・11月 1日  初のシングルレコード「マッチョ・ドラゴン・ドラゴン体操」が
          ポリドールから発売される。雑誌には「歌唱力には定評がある藤波」という紹介がなされ
          ていたが・・・。
           また、このころプロレスラーでは初の「レーザーディスク」も発売されたという(詳細未詳)
 
 ・11月 2日  この日から予定されていた韓国遠征が、中止になった。これは韓国側の事情によるもの
          であったが、WWFとの契約破棄や、相次ぐ選手の離脱、次期シリーズの参加予定外人選手
          の変更が続き、新日本プロレスがピンチという雰囲気をファンの間に増幅させた。


 ・11月15日  後楽園で、85年IWGPタッグリーグシリーズが開幕。開会式にはリーグ参加の全選手がリングに
          登場して、サインボール投げをする予定だったが、いざ投入というとき、坂口がブロディにボールを
          ぶつけ、怒ったブロディが暴れだして、台無しになってしまった。

          久しぶりに戦線復帰の藤波は、猪木とのタッグを「決着がついていない」という理由で拒否。
          木村健吾とのコンビ結成となった。藤波・木村組はブロディ・スヌーカ組と対戦。
          「動くダビデ像」と呼ばれるブロディに、いきなりのブレーンバスターを食い、藤波がピンチに。
          木村はブロディのドロップキックを頭に受け、キングコングニードロップで大の字に。
          ブロディの「地獄のICBM弾」ことキングコング・ハイキックを藤波が受けるなど、
          それぞれのカットが無ければ決まるようなことばかりの展開。 最後は、場外で、ブロディが
          木村を文字通りフェンスの外に蹴りだして、藤波組が反則勝ちを拾った。

           猪木・坂口組はマードック・スーパースター組と両者リングアウト。ドスカラスが新日初登場。
          なお、この日のテレビ放送では、藤波のシングルレコード「マッチョドラゴン・どらごんたいそう」を
          紹介し、100名にプレゼントと発表された。同時に、新日本プロレスの来年のカレンダーも
          100名プレゼント、「はがきに、どっちが欲しいか明記」とのことであった。


 ・11月19日  横浜大会。公式戦、藤波・木村組はカネック・ドスカラス組に勝つ。

 ・11月22日 郡山で、藤波は木村健と組み、スヌーカ、ドスカラス組と対戦。藤波はスヌーカを標的にするが、
          4者の持ち味が発揮され素晴らしいタッグマッチとなった。木村のトライアングルスコーピオン
          や、ドスカラスのジャイアントスイングなど、意表をついた技も。最後は、藤波がバックドロップで
          ドスカラスからピンフォール。ブロディとマードックの一騎打ちは、両者の意地の張り合いから、
          両者流血。リング中央で殴り合いつづけて、猪木まで出てくる大混乱となった。

          この日、TBSラジオの番組「コサキン」では、マッチョドラゴンの話題で盛り上がる。この後、
          25日の放送では藤波からのメッセージが届いた。

 ・12月     エンターテイメントビデオ「マッチョ・ドラゴン」ついに発売される。

 ・12月 6日  両国国技館大会で、藤波・木村組は、猪木・坂口組と公式戦。なんと30分、時間切れ
          引き分けとなる。この試合は4人ともまったく動きが止まらない白熱戦となり、坂口のバッ
          クドロップで藤波が首からマットに沈み一時戦闘不能となるなど激しいシーンの連続であった。
          なお、この日、UWF5戦士がリング上から挨拶。彼らの復帰を藤波は心から喜んだ。

             藤波「昔の新日本にもどったね。このところ暗いニュースばかりだった
                 から、これは何よりのニュースだよ」

 ・12月 8日  名古屋で藤波と木村健吾がサイン会。急遽、橋本が司会をした。

 ・12月10日  名古屋で、藤波はブロディと一騎打ち。延髄斬りの5連発で追い込む場面
          もあったが、場外でブロディをフェンスの外に投げ、反則負けとなる。試合後
          藤波は、ブロディのチェーンを奪い取って、首を絞める程のエキサイトぶりで
          あった。
           
          この一戦を中心にした、名古屋大会だけのデザインのポスター。

 ・12月11日  福生大会で、坂口と対戦したブロディがエキサイト。リングアウト勝ちを
          おさめた後も、坂口の左足を負傷させる鉄柱攻撃。藤波、猪木が暴走を
          とめに入った。この日、藤波は猪木・星野と組み、6人タッグ。
           藤波は、この日の試合前に、フジテレビの「夕焼けニャンニャン」に生出演。
          とんねるずとの腕相撲や、おにゃんこクラブや吉田照美らのインタビューを
          受け、発売中の「マッチョ・ドラゴン」をPRした。

 ・12月12日  仙台で、シリーズ最終戦。この日、IWGPタッグリーグの王座決定戦を
          ブロディ・スヌーカ組がボイコット。
          藤波・木村組が猪木・坂口組と対戦し、これが決勝戦となる。

          猪木と藤波のストロングスタイルで試合が開始され、前日ブロディから攻撃を受けて左足を
          負傷した坂口も健闘。健吾のがんばりもあり、最後は藤波が飛龍原爆固めで猪木から
         初のフォール勝ち
。タッグとはいえ、猪木からフォールを取った貴重な日本人の仲間入りを
          果たした。しかも、これで、IWGPタッグ選手権の初代王者になる。
          リング上で外人選手も含めての記念セレモニーが行われ、すがすがしい結束をみせた。
          なお、藤波のリング上での第一声は「やった〜!」

          藤波「やった〜」
          木村「やった〜」


 ・12月18日  ハワイ遠征。同地ののピーターメイビア追悼大会に参戦。藤波・木村組は
          ナガサキ・ポーゴ組を破る。この試合で、藤波はポーゴに力強い「ドラゴンラリアート」を
          披露。見事に悪役チームから勝利をもぎ取り、ハワイの観客から大声援を受けた。
          「勝者は、フジナミサン!、キムラサン!」と場内アナウンスがあった。
          なお、猪木はアンドレとタッグと組む。

 ・12月19日  フロリダ州サンホセで試合。藤波・木村組(詳細未詳)。
 ・12月23日  第3回プロレス記者クラブの表彰式が東京で行われた。藤波が受賞。
          藤波はアメリカ遠征中のため代理が出席。

 ・12月25日  テキサス州ダラスで「マスクト・デーモン」と対戦し、勝利。
          試合が開始される前に、レフェリーがリング上にいないというハプニングが
          あった。この日、猪木もウイリアムスと対戦勝利。

 ・12月30日  テレビ朝日の「ちびっこものまね歌合戦」に審査員として生出演。
 ・12月31日  テレビ朝日の「大晦日やりっぱなしスペシャル!ビートたけしの
          マラソン野球」に生出演。たけしの投げる球にあえなく三振。
          藤波に打順が廻ってきたのが、番組開始2時間後であった。



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ラバーソウルみなみ