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 ドラゴン大年表 

  昭和54年(1979年)  日米を股にかけたチャンピオンロード。ただ、伏兵に足をすくわれて、連続防衛記録は途絶えた。唯一の「夢のオールスター戦」にも出場。


●昭和54年(1979年)  25歳


 月日
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス藤波選手を中心としたプロレス関連の主な出来事
試合・大会関連  タイトルマッチ  トピックス 主なエピソードなど
新日本プロレス・全日本プロレス・国際プロレス・世界のプロレス
1月4日
東京スポーツ新聞社の「プロレス大賞」授賞式がおこなわれ、藤波は「最高殊勲選手賞」を受賞。猪木は最優秀選手賞、努力賞に小林、大衆賞に上田も選ばれた。
1月5日  大田区体育館で新春黄金シリーズ開幕。藤波はトニー・ロコと一騎打ち

   藤波もロコも、両者のたいへんなスピードの動きがめだつ。ロコのラフ殺法も冴え、吊り天井も決められ、人間風車合戦から、最後は回転足折り固めに決め、快勝。リング上での勝利者インタビュー中にも、ロコは机を持ち出してアピール。場外でも大暴れ。藤波は海外遠征への豊富を語った。最後に「今年の初夢は?」と聞かれ、ちょっとたじろいだ藤波。「自分のいいことしか見ないです」 と笑顔で語った。 なお、このシリーズには猪木の苦手とするボブ・ループが参加した。(一騎打ちは12日川崎)

新春黄金シリーズ 開幕戦 1月5日 東京・大田区体育館
 ▼45分1本勝負
  ○藤波(15分9秒・回転足折り固め)トニー・ロコ× 
 ※「回転エビ固め」という記録もあるが、誤り。
1月7日

 後楽園で藤波はヘクター・ゲレロと対戦。原爆固めを決める。翌日よりシリーズを欠場し、アメリカ遠征

 1月11日   藤波はベーカーズフィールドでロディパイパーを破り、WWWFジュニアタイトルを防衛。この試合については、未詳。
1月12日  藤波は、ロサンゼルスでエディ・マンスフィールドを破り、WWWFジュニアタイトルの14回目の防衛。
     
  藤波のロス登場はなんどめ。しあいは終始藤波のペースで左手を攻め、最後は見事なドロップキックから、押さえこんで勝利。 またこの日はスーパーヘビー級のバトルロイヤルにも出場した。


 ▼WWWFジュニアヘビー級選手権試合61分1本勝負
1979年(昭和54年)1月12日 ロサンゼルス・オリンピックオーデトリアム

○藤波(21分11秒・体固め)エディ・マンスフィールド・コンチネンタル・ラバー×

 ※藤波が14回目の防衛に成功
1月21日 国際プロレスの後楽園大会で、星野・山本のヤマハブラザースが、草津・浜口組に勝ちIWA世界タッグ選手権を奪取。試合後、山本が「今度は、おまえが来い!」とエースのラッシャー木村を挑発した。
1月から2月 藤波はアメリカ遠征中にWWWFジュニア選手権など多くの試合をこなした。判明しているだけでも、非公式のタイトルマッチなどが数試合ある。藤波の全試合記録1979年を参照のこと。
 1月31日  藤波はロサンゼルスで、トーキョー・ジョ−と対戦。勝利を収める。この「トーキョー・ジョー」は、この秋に国際プロレスに凱旋する「マッハ隼人」で、後に藤波のについて、「当時は、藤波がどれほどの選手かは知らなかったが、剛竜馬や木村健吾と違って、新日本の選手なのに、威張ることがなかった」と評している。
2月 2日

藤波は、ロサンゼルスでチャボゲレロと組み、アメリカス・タッグ選手権を奪取。ツインデビルスを下す。ただし、公式記録では両者リングアウト引き分けとなっており、詳細は調査中。

#2月2日 ロサンゼルス・オリンピックオーデトリアム
 ▼アメリカス・タッグ選手権・時間無制限1本勝負
  △藤波・チャボゲレロ(31分18秒・リングアウト引き分け)ツインデビルス1号・2号△

なお、この日、日本では猪木がミスターXと格闘技世界一戦を行う。試合前から漫画雑誌を通じて「盛り上げるだけ盛り上げて」おいて、「帯の結び方も知らない」黒帯覆面選手を相手にし、さすがの猪木も、見事な肩すかし を見せてくれた。

2月 9日 藤波・チャボゲレロ組が保持するアメリカス・タッグ選手権試合が、前保持者のツインデビルスの挑戦を受けて行われた。
 1本目をチャボが取られ苦しい展開。2本目を藤波が取り、決勝の3本目に、突然、上田馬之助が乱入し、レフェリーは両軍にリングアウトを宣言。コミッショナーの裁定により、無効試合となった。これにより、藤波組はタイトル防衛失敗となり、タイトルを失ったことになったようである。(経緯、詳細は不明)

#2月9日 ロサンゼルス・オリンピックオーデトリアム
 ▼アメリカス・タッグ選手権・60分3本勝負
  △藤波・チャボゲレロ(無効試合)ツインデビルス1号・2号△
   1,○1号(11分5秒・体固め)ゲレロ×
   2,○藤波(15分37秒・体固め)2号×
   3,12分43秒 無効試合
2月10日   藤波は、ロングアイランドでジョニー・ロッズを破り、WWWFジュニアタイトルを防衛。決まり手は回転エビ固めだった。

          これ以後、ロサンゼルス、ニューヨーク、メキシコを転戦。
2月18日
 別冊ゴング3月号の特集記事「1978年新日本プロレスの10大ニュース」で、「藤波のWWWFジュニア選手権奪取」が1位となる。また「異常なまでの藤波ブーム」という記事が大きく取り上げられた。この記事についてファイル

 なお、この年のエピソードとおもわれるが、「バレンタインデー」で藤波宛てのチョコレートが、 実に「トラック2台分」届き、これが新日本でも、いまだに破られていない記録だとか。
2月19日   ニューヨークMSGでトニー・ルッソーに勝ち、WWWFジュニアタイトルの15回目の防衛。
            
2月23日  ◆千葉でビッグファイトシリーズ開幕戦。
 凱旋帰国の藤波は、千葉でタイガー・シンと一騎打ち
          この試合ではシンの反則に怒った観客がイスを持ってリングに乱入。藤波を攻めるシンの背中にイスを打ち付けた。シンが荒れ狂って観客に攻撃し、セコンド陣が止めに入り大混乱となった。判定はどういうわけか藤波の反則勝ち。このシリーズのシンは特に凶暴で連日反則暴走だった。
 なお、この日、山本・星野のヤマハブラザースは、井上・浜口の挑戦を受け、1−2でIWAのタッグタイトルを奪回された。終始、ヤマハのペースで浜口を追い込み、反則勝ちがらみの不可解な王座交代劇だった。
3月 8日     藤波は水戸で猪木と組み、シン・上田と対戦。シンと上田はこのシリーズ初めてのタッグで、不仲説も流れていたが、猪木・藤波組を相手に悪の連携を見せた。試合開始前に、猪木がシンに花束で殴りかかり、藤波も上田のシナイを奪って、強烈な「面!」を一本入れて意気を高めた。
 だが、試合は終始シン・上田のペースで、シンがチョーク攻撃に、ビール瓶攻撃、ゴングでの頭への攻撃で、たじたじとなった猪木が、シンの毒蛇絞めで敗れるという、大波乱があった。
3月16日   奥武山で、グラン浜田と組み、アグアイヨ・ベビーフェイスのメキシココンビと対戦。浜田とのコンビで思い切ったメキシコ流ファイトを藤波が展開。メキシココンビ相手にすばやい展開が繰り広げられたが、最後に、藤波のドラゴンロケット、浜田のプランチャが決まったところで、両軍リングアウトになった。なお、この放送中に、藤波の団体公認のファンクラブがサンシャインビルに開設されたという情報が披露された。
3月28日 盛岡で藤波はマサ斎藤と一騎打ち。 斎藤の老獪な技に苦しみながらも、一瞬の逆さ押さえこみで勝利。
3月    アメリカで、WWWF(World Wide Wrestling Federation)が、NWAに加盟したため、WWF(World Wrestling Federation)に改称。したがって、藤波の持つタイトルも「WWWF」から、「WWFジュニアヘビー級」に改称となった。
4月 5日  藤波はアグアイヨに飛龍原爆で勝ち、16回目のタイトル防衛。

 シリーズ最終戦の東京体育館で、藤波はペロ・アグアイヨを飛龍原爆固めで破り、WWFジュニアヘビーのタイトル16回目の防衛に成功。この試合では、終始余裕もあり、相手の技を見切り、最後の飛龍原爆では、レフェリーはカウントをとらず。「強いドラゴン」として、文句なく、ジュニアヘビー級時代の名勝負のひとつとなった。
             

◆4月5日 東京・東京体育館
▼WWFジュニアヘビー級選手権・61分1本勝負
○藤波(8分50秒・飛龍原爆固め)ペロ・アグアイヨ×

※藤波、16回目のタイトル防衛。

 この日のメインでは猪木がランバージャックデスマッチでシンを破り、王座を守った。また、グラン浜田がベビーフェイスに勝ちUWA王座を防衛。坂口・小林組はマサ斉藤・ヒロマツダ組に敗れ、北米タッグ王座を奪取された。

4月17日  アレンタウンで、藤波はロドリゲスを破り、17回目のWWFジュニアヘビーのタイトル防衛。この日、猪木もボルコフに勝つ。
4月22日 メキシコで、藤波はエル・ソリタリオの挑戦を受け、1対1で、WWFジュニアヘビーのタイトルの18回目の防衛。初の引き分け防衛。なお、この日、猪木はカネックと闘い、勝つ。

ジエンカラスさんより送っていただきました。ありがとうございます。猪木、藤波に、グラン浜田の名まえもあります。
(2016.1.29up)
4月27日  横浜で第2回MSGシリーズの開幕。藤波は、ジャック・ブリスコと初の対戦。おおいに攻め込み、回転足折り固めを狙うが、一瞬の切り返しのエビ固めで惜敗。
5月 4日 藤波は岡山でストロング小林とMSG予選で対戦。30分引き分けの後、2度に渡る延長も引き分け。ストロング小林が意地を見せた。
5月10日 藤波はソリタリオと対戦。猪木はブリスコに勝ち賞金をリング上にばらまく

  藤波は福岡でソリタリオと対戦。メキシコ流のスピードのある展開で好勝負となったが、藤波のドラゴンロケットが見事に決まり、ソリタリオが頭を打つと、セコンドについていたカネックが乱入し、藤波を攻撃して反則負け。藤波にはチャボゲレロが助けに入り、リング上で鉢合わせて、うっぷんを晴らした。

   ◆5月10日 福岡・福岡スポーツセンター
     ▼30分1本勝負
     ○藤波(8分6秒・反則勝ち)ソリタリオ×

メインでは猪木とブリスコが賞金マッチで対戦。久々のじっくりした試合で、猪木はカナダ式背骨折りや人間風車、ギロチンドロップまで出し、ブリスコの4の字に耐え、最後は足を引っ掛けてのエビ固めで勝利し、NWFタイトルを防衛。
猪木は、リング上から賞金10000ドルを観客席にばらまいて、観客は大喜び、関係者大慌て。
5月14日 藤波は、熊本で、長州と組み、マサ斉藤・カネック組と対戦。1対1の後、両軍リングアウトで引き分け。
5月16日  藤波は、姫路でチャボゲレロと組み、カネック・ソリタリオ組と対戦。夢のジュニアヘビーのタッグマッチだったが、1対1の後、藤波が回転足折り固めでソリタリオを破る。
 この試合は、ファンの間では、記憶に残るスペシャルタッグの実現だったが、後日、藤波は「そんなのありましたっけ」と発言している。「毎日が、精いっぱいで」とフォローはしていたが・・・。
5月19日 藤波は、長岡でスタン・ハンセンと初の一騎打ち。ラリアートで敗れる。
5月20日 藤波は、長野で長州を回転足折り固めで破る。
5月30日 大阪で、「宿敵」カネックと対戦。両者リングアウト後、5分間の延長戦も、時間切れ引き分け。これが、WWFジュニアヘビーのタイトル19回目の防衛。
 この試合で、藤波はカネックの場外へのダイビングアタックを受けて、右足首を負傷。

 この試合は、当時から「稀代の名勝負になった」と評判だったが、テレビ放映もなく、これまで幻の名勝負となっている。VTRの存在自体が明らかではなく、発見が熱望される。
6月 1日 高松で、猪木と対戦の予定が、足の負傷のため中止に。藤波はリング上から「やらして下さい」とマイクアピール。泣きながら訴える藤波に、猪木が蹴りをいれ、倒れこんだ藤波に、「な、無理だよ」と、リング上で、猪木から厳しい、そしてやさしい指導を受ける。
 藤波の代わりはアンドレがつとめ猪木と闘った。藤波は3日の東広島大会まで欠場。
6月 7日 シリーズ最終戦の蔵前で藤波はカネックと闘い、マスクに手をかける。 WWFジュニアヘビーのタイトル20回目の防衛を果たした。
 藤波は歩くこともままならない状態で闘ったが、途中で、カネックの覆面を破り、ラフな試合へもっていった。
 これは、足の負傷を攻めることができないカネックに、覆面破りで、闘志を燃やさせて、結果、白熱した好勝負となる。藤波は、当然、足への集中攻撃を受ける。これで動きを止められた藤波が、どうみても負けたと思われた「幻のスリー・カウント」もあった。しかし、最後は、カネックのコーナー上からのアタックに対し、下からドロップキックで迎撃という破天荒な攻撃で、カウントが5つぐらい入る完全なピンフォール勝ち。これこそ、ジュニア時代の名勝負のトップテンに入る名勝負だった。
6月15日 藤波は、ロサンゼルスでトニー・ロコを破り、WWFジュニアヘビーのタイトルの21回目の防衛。この日、坂口・長州組がマサ斉藤・マツダ組を破り、北米タッグ王座につく。
6月29日 大宮でサマーファイトシリーズ開幕戦。藤波は、ウルトラマンと対決。両者リングアウトに。 「藤波がウルトラマンと闘う!」と話題に。
7月 8日  この日、大間々町大会と富岡市大会のダブルヘッダー興行になる。藤波は、ウルトラマンに逆エビ固めで勝ち、クレージー・ブラウンには反則勝ちをおさめる。
7月15日 再び、ダブルヘッダー興行。紋別大会と美幌町大会。紋別で猪木と組み、マサ斉藤・ウルトラマン組に勝ったあと、美幌でウルトラマンに勝つ。

 このシリーズは、35日間に、全33大会をこなした。(オフは4日間だけ)、ダブルヘッダーを2回も含む大変厳しいスケジュールであった。(シリーズは6月29日から8月2日まで。)

8月 1日  この日、藤波後援会の会報・第1号が完成したと伝えられた。(なお、後援会は4月に結成されたというが、ファンクラブを統合して事務局を変更したともあるが、未詳)
 8月 2日  藤波は品川プリンスホテルでシーン・リーガンを破り、WWFジュニアヘビーのタイトルの23回目の防衛。
 正統派のヨーロッパスタイルの闘いで苦戦するも「一回でも多く防衛して、少しでも猪木さんに近づきたい」とインタビューで語った。メインは猪木が、交通事故で来日出来なかったボックの代わりに、シンと闘い、凄惨な流血での無効試合に。
 この日の興行を宣伝した「マッチ」が存在する。


 ◆8月2日 東京・品川プリンスホテル・ゴールドホール
 ▼WWFジュニアヘビー級選手権・61分1本勝負
  ○藤波(16分1秒・落下式回転エビ固め)シーンリーガン× 
 8月 4日  藤波後援会主催の「ボーリング大会」が東京の神宮で開かれた。星野・荒川や若手選手も参加。司会の古館アナに小鉄の解説と、試合の実況中継が急遽実現し、ファンをよろこばせた。藤波チームが優勝。その後、日本青年館で立食パーティー。
小鉄の乾杯の音頭ではじまり、ファンとの楽しいひとときをすごした。
 この時の模様は、テレビ朝日系の昼のミニ番組「スターあるばむ」でも紹介された(11月に放映)
8月10日 ロサンゼルスで、スキッピー・ヤングを破り、WWFジュニアヘビーのタイトル23回目の防衛。ヤングはその跳躍力では場内を沸かせたが、終始藤波のリードで試合が進み、ヤングだけに「若さ」を露呈した。(おい)
8月17日 藤波の海外遠征。カルガリーで、ダイナマイト・キッドと引き分けWWFジュニアヘビーのタイトル24回目の防衛。
  この試合にはキッドの持つ英連邦ジュニアヘビー級もかけられ、ダブルタイトルマッチであった。藤波は新しい「青空」のようなコスチュームで登場。さわやかさがあふれていた。キッドのきびきびした攻撃に、藤波もそれ以上の技を繰り出し、スピードあふれるに展開に。日の丸がふられ、大声援を受けおおいに盛り上がった。ドラゴンロケットが決まり、両者もつれて、両者リングアウト。藤波とキッドのベストバウトという声も高い。ジュニア時代の名勝負のひとつになった。

  藤波「最後は、興奮しすぎて、テンカウントというのを忘れてました」
8月26日  

◆プロレス夢のオールスター戦 日本武道館大会

東京スポーツ社が主宰した「プロレス夢のオールスター戦」が武道館で開催された。新日本・全日本・国際のメインエベンターを含む多くの選手が参加した。

 藤波は、鶴田、マスカラスと組み、ドロップキックのそろい踏みを披露。相手はマサ斉藤・戸口・高千穂。

 藤波の「ドラゴンロケット」がマサに炸裂。鶴田のジャンピングニー、マスカラスのフライングチョップ、マサのバックドロップ、戸口の足折り、高千穂のアッパーカット、とそれぞれの持ち技が披露され、名勝負となった。特に圧巻だったのは、藤波と鶴田のダブルドロップキックがマサ斎藤に、そして、藤波・鶴田・マスカラスのトリプルドロップキック!戸口に炸裂!まさに「夢の対決」であった。
 試合そのものは、マスカラスがマサにフライングプレスで勝利。フォール時、飛び込んだ藤波も高千穂にフライングプレスを決め、カットさせず。
  メインは馬場・猪木組がシン・ブッチャー組に勝つ。  この大会の全対戦結果表はこちら(枠がひらきます)

   ▼45分1本
       
      ○マスカラス・藤波・鶴田(14分56秒・体固め)高千穂・戸口・マサ斎藤×

  この大会の模様は、テレビ放送されず、夜のスポーツニュース枠で「ダイジェスト放送」された。テレビ朝日系では、猪木・馬場組だけを放送。(実況は古館アナ) もちろん猪木の活躍を中心に、ブッチャーにブレーンバスターを決めるなど。
  日本テレビ系では、メインの前に、藤波組の6人タッグも放送。ここでは、実況の倉持アナが 「藤波の、人間ロケットぉぉぉ」と叫んだのが印象的。メインでは、馬場が猪木を救出し、フォークを取り上げ、逆襲するところなど、馬場の活躍を中心に。
         
 ※当時の観客席の雰囲気は「きゃああ、ふじなみ、さあ〜ん!」と黄色い声。「戸口、がんばれ〜」と男性の声。鶴田が出ると「ひっこめ〜」 マスカラスには「かっこつけてんな〜」 そして、そのうちに「両方、がんばれ〜〜」
           
  なお、試合終了後は「3本勝負だろ〜。ルールがちがうぞ」と、どこまでも貪欲なファンでした。 (以上、隠し撮り?されたVTRより)

  試合後の藤波のインタビュー。「こういう試合はすごく勉強になります。今後もチャンスがあればドンドンやりたい」

8月28日 松坂市でブラディファイトシリーズが開幕。この日藤波は星野と組んで、バディーロバーツ・ジェリーブラウンと初対戦。星野がロバーツに敗れる。
9月 3日 藤波は、熊本でマスクド・スーパースターと初対戦。リングアウト負け。
9月 6日 藤波は福岡で、猪木と組んで、シン・マサ斉藤組と対戦。凶器攻撃で大出血し、2本目をフォール負け。そのまま、控室にもどってしまい、3本目はそのままカウントアウト負けとなる。一人残った猪木は激怒。制止をふりきり闘いつづけて結局、無効試合の判定となる。
9月27日 ジャイアント馬場と、新日本の新間本部長が揃って記者会見。この珍しい取り合わせは、国際プロレスが強行したNWAジュニアヘビー級選手権が無効であると発表。これは、国際のネルソンロイヤルと阿修羅・原の選手権試合をさす。
9月28日 愛知県体育館のリング上で、藤波が、NWAジュニアの王座決定戦に出場することを発表。アナウンサーのインタビューに答え「願ってもないことです。必ず王座を奪います」と宣言。10月2日に闘う剛とともに、花束を受け取った。
10月 2日 藤波タイトル防衛に失敗

  藤波は大阪府立で、剛竜馬の挑戦を受け、王座の防衛に失敗。終始、余裕の展開だったが、剛の意外ながんばりに焦りも。最後には一瞬の「逆さ抑え込み」でカウントが入ってしまった。

 藤波は、16分53秒「逆さ押さえ込み」で敗れた。これによりWWFジュニアヘビーのタイトル25回目の王座防衛に失敗。この日、台風でベルトが到着していないというアクシデントがあった。(実はベルトはフロントが忘れてきたという)
  なお、この日、セミでは猪木がシンと一騎打ち。大いに攻め込まれ、猪木としては珍しい「回転エビ固め」で勝つ。
10月 4日 藤波タイトル奪回

  シリーズ最終戦。藤波は蔵前で剛竜馬に挑戦、積極的に終始「攻める試合」を見せ、余裕を持って最後は「回転足折り固めをがっちりと決め、王座を奪回。剛はまさに「3日天下」に終わった。(決まり手が、日本式小包固めという記述の記録もある。)
   なお、このさわやか対決の後、対照的に「身体に油を塗る」という気持ち悪いインディアンデスマッチで、猪木はシンと対戦。思うように技が決まらず、最後は無効試合に。
  この日、藤波は試合前に後援会のインタビューを受け、元気に受け答えしながらも、「ベルトがないと、心にぽっかりと穴があいたみたい」と漏らしていた。
10月 5日   韓国遠征。 藤波は星野と、昨夜、奪還したばかりのWWFジュニアのタイトルをかけての試合。
   当時は伏せられていたが、星野は韓国籍で、観客は全員星野の応援。両者のスピーディな展開に大声援。さらに、終盤の藤波のドラゴンロケットはソウルの観客をおおいに驚かせた。星野も大声援に気をよくして動き回り、最後は星野のコーナートップから場外へのスーパー・ダイビングで、両者リングアウトに。これで、藤波はWWFジュニアヘビーのタイトルの初防衛となった。なお、メインの猪木はルスカを、豪快な弓矢固めで破る。

    藤波は「大木さんとともに、英雄の星野さん」に、観客まで敵にまわしての闘いで、「もう、大変疲れました」
    
10月14日 大阪の「ホテル南海」にて、「デラックスプロレス」誌のインタビューを受ける。これは「百問百答」として
     同誌12月号に特集された。プライベートな面を含んだ藤波のジュニア時代の貴重なインタビューとなった。
           ★リンク インタビュー記事を読む
          

 ● ドラゴン・ロケットはいつ覚えたんですか?
  藤波 「51年、アメリカのノースカロライナの試合で相手がリング下に落ちてモタモタ
      していたんですよ。わざとらしいんです。
      それで頭にきて飛び込んでやったんです。(笑)うまく命中しましてね。それか
      ら使うようになった。あれは練習ではやれませんよ。(笑)相手もたまらないで
      すが、こつちも恐くてできません」
10月26日   後楽園で闘魂シリーズ開幕。藤波はメインで猪木と組み、初参加のローデス・モラレス組と対戦。ローデスは「カクトウギのテーマ」で登場。ローデスと藤波の最初の接触は、場外乱闘で、藤波の頭を机に叩きつける荒っぽい攻撃だった。モラレスのアシストで、ローデスも絶好調。勝負こそ、3本勝負の2本とも「反則勝ち」で猪木・藤波組が勝利を収めたが、猪木が腹部をやられ、戦闘不能になる。
 11月 5日   この日から、お昼のテレビ朝日のミニ番組「スターあるばむ」に藤波が登場。9日まで5日間にわたって毎日登場した。
 この中では、8月の後援会主催のボウリング大会の模様も紹介された。(番組は12時55分から13時の5分間)
11月 6日  藤波は、釧路でダスティ・ローデスと初対戦。片エビ固めで敗れる。
11月 9日   藤波は、五所川原で猪木と組み、ローデス・パターソン組と対戦。2対1で勝利するも、2本目に足4の字固めでパターソンにギブアップ。本当に藤波の「ギブアップ」は珍しい。
11月14日  藤波は、宮古島で猪木と組み、ローデス・パターソン組と対戦。2対1で勝利するも、再び2本目に足4の字固めでパターソンにギブアップ。
11月26日  飯塚で藤波は、ジョニー・パワーズと初の一騎打ち。逆さ押さえこみで勝利。
11月30日 徳島で猪木がボブ・バックランドに挑戦。勝ってWWFヘビー級王者になる。
 この日藤波は木戸と組み、モラレス・シン組と対戦。敗れる。
12月 4日 バレンタインに大苦戦 WWFジュニア選手権戦

  藤波は大阪でグレッグ・バレンタインの挑戦を受ける。試合はたいへんな苦戦で、バレンタインの得意技・フライング毒針落としからのフォール態勢で、高橋レフェリーの微妙なカウント(藤波の身体が動いていないのに、カウントツーで手がとまった、ように見えた)があり、さすがにファンの間で話題になった。
 試合そのものは、最後に、藤波が久しぶりの「飛龍回転エビ固め」で丸め込み、WWFジュニアヘビーのタイトル2回目の防衛。これほどの苦戦は珍しかった。

  藤波 「相手はもう、ヘビー級でもいい勝負しますから、僕が対抗できるのは、よいコンデションだけでした。」
12月 5日    藤波は、岐阜でボブ・バックランドと対戦。回転足折り固めを決められ敗退。
 翌6日にはこんどは猪木がバックランドと闘い、タイトル戦で勝利するも、試合内容を不服として、WWFタイトルを返上した。
12月13日 ★京都で木村健吾と熱戦

 藤波は京都で木村健吾の挑戦を受け、退ける。WWFジュニアヘビーのタイトル3回目の防衛。
 木村は試合開始直後からドロップキック2連発、バックドロップと息せき切って攻め、藤波より先にドラゴンロケットを狙う。また卍固めで藤波を追い込んだ。
 最後はジャンピング脳天砕きから藤波がフォール。 藤波は紫色の新しいガウンで登場。

    試合後の藤波「本当に油断のならない相手です。来年は、NWAとかありますから・・・、来年を見てくださ〜い!」
    この日は猪木がクロケイドとの格闘技戦を行う(KO勝ち)興行であった。     
                   
12月17日   藤波は、ニューヨークMSGでジョニーリベラの挑戦を受け、原爆固めで勝ち、WWFジュニアヘビーの4回目のタイトル防衛。終始余裕のある落ち着いた試合展開だった。
なお、この日、MSG登場の猪木は、グレート・ハッサン・アラブ(アイアン・シーク)と闘い、凶器シューズに苦しみながらも勝って、NWFタイトルを防衛した。
  この日の公式パンフレットに、レイス・バックランド・猪木と共に藤波も表紙を飾っている。

                    
12月19日 藤波は、メキシコでアンヘル・ブランコの挑戦を受ける。3本目はダブルフォールという判定となり、藤波は不服ながら引き分けでWWFジュニアヘビーのタイトル5回目の防衛。試合の記録が2種類あり、テレビの実況が残っていて参考になる。
 この日長州がカネックに挑戦するも敗れ、タイトル奪取ならず。なお、コロセッティの不参加のため急遽、小鉄が試合をした。
12月26日  ファンクラブ「飛竜」主宰の2日はやい誕生日パーティが行われた。(未詳)
   




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ゲンナジ・ミナーエフ